良『三木半……三木半とは何だい』
かたなや
半『ヘイ常盤町の刀剣商でございます、旦那様は御在宿でございます
か』
良『先生かい』
半『ハイ親旦那様で』
良『後素先生はお宅だが、何だ』
半『八田様から承りまして、三木屋半兵衛が上りましたと仰しやつて
下さいまし』
良『少々待つて居なさい』
すぐ
良蔵は奥の間へ行きましたが、直に出て参りまして。
さ こつち
良『然う申したら、此方へ通るやうにと仰しやつた、サア此方へ来な
さい』
かたな
と案内をして平八郎の居間へ連れて行きました、半兵衛は刀剣箱の風
呂敷包を側に置き、叮嚀に頭を下げまして。
半『是れは旦那様、私は三木屋半兵衛でございまする、八田の旦那様
より、御当家様へ上るやうに仰せられましたので、推参仕つりましたや
うな事で、エヘツヘ……』
かね/゛\
平『お前が刀剣屋の半兵衛か、名前は予々承知して居るのぢや』
こんにち
半『恐れ入りまする、私も今日まで、トンと御縁がございませんので
どうぞ
か、御出入を仕りませんが、何卒是れを御縁に、今後は、お引立の程を
お願ひ申し上げまする』
持つて来た刀剣箱の風呂敷を解いて取出し。
こ れ
半『八田様へお願ひいたしました貞宗は、即ち此品でございます、一
応御覧下さいまするやう』
平『イヤ、実は一昨日、八田の屋敷で見たのぢやが』
と云ひ乍ら刀剣箱を手許へ寄せて葢を開け。
こ れ
平『ウム、此品ぢや』
とまた手に取つて、更に見て居りまてと、半兵衛は。
くるひ なか/\
半『目貫は後藤祐條の狂獅子で、却々宜く出来て居ります、ヘイ、
エー鍔もその何でございまして』
しやべ
と独りでベラ/\と饒舌つて居りますが、説明する者よりも平八郎の
くらい
方が、詳しく知つて居ります位。
いくら
半『夫れで此刀剣は、幾許で手放すのか』
ほ か
半『ヘイ、他家様でございますれば、二百金でなくては手放し兼ねる
し ろ も の あなた
代品物ではごございますが、御当家様なり夫れにモウ貴下、今日ネの事
た
でございますから、決着の処百五十両で願ひ度う存じまする』
平『成程貞宗を百五十金では高くは無いな』
半『エー実は斯様な堀出し物は減多にございませんが、何分にも大晦
めのまえ
日を目前に控へて居りますので』
いくら つもり
平『併し半兵衛、お前、此刀剣を売つて、幾許儲ける心算かい』
あなた あきんど
半『ヘイ、そりやア貴下、一文でも余計に儲けたいのが商人の慣ひで
はございますが、私はそんな慾張つた了簡はございません、それに唯今
も申します通り、今日ネでございますから、損さへしなければ、早く金
に致したいと存じまするので』
平『ハゝア、損をしなければ売りたいと申すのぢやな』
どうぞ
半『ヘイ左様でございます、何卒百五十両でお求めを願ひまする』
平『百五十両では高いな』
半『ヘイツ、唯今百五十金では、高くないと仰しやいましたではござ
いませんか』
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