ど う
此如何ぢや半兵衛と云ふ、平八郎の語気が如何にも役所で調べをする
時のやうでございますから、半兵衛も気持が悪うございます、モウ平八
郎に斯ういはれて見ると、夫れ以上の口銭は取る事が出来ないと思ひま
すぐ い
したが、其場で直に手を打つて負て了つては、却つて可けないと思ひ、
商人の癖で別に痒くもないのに、小指の爪で頭を掻きながら。
もつとも もの
半『御正理でございます、五十両の品を百五十両と申したのは実に斯
わ け かたな
ういふ理由で、成程最初五十両をお貸し申して、此刀剣をお預り申しま
のち
した処が、其後に至りまして、私の手許が不如意な処から、また私は此
わ き
貞宗で他家から七十両の金を借りましたので……前の五十両と其七十両
もとね
を合しますると、百二十両に相成りますので、そこで元直を百二十両と
して三十金だけの儲けが致し度いと存じまして、エヘ……』
いやな笑ひをして、大塩平八郎が何と云ふかと顔を見て居ります。
・・ い
平『コレ半兵衛、貴様、慾にぼけては可けない、七十両と五十両を合
い か つかつ
せば如何にも百二十両になるが、其七十両は貴様が費消たのであらう、
壺算用をしては可けない』
半兵衛は成程と思つて、真赤な顔をして居りますと、平八郎は。
ね にく
平『半兵衛、斯ういたせ、貴様は今直ぐに直の取極めがいたし難から
めうにち
うから、今日はは帰つて能く考へて、明日でも返辞をいたせ、其代りに
刀剣は此方へ預つて置く』
半『ヘツ……』
そ すぐ
平『而して兎も角も、五十両は今直に貴様に渡して置くから百両で宜
ければ明日返辞に来た節に残金を渡さう、また相談が出来なければ、此
五十両を持つて刀剣を受取りに来るがよい』
平八郎は五十両の金を半兵衛の前に差出しました。
半『それでは仰しやる通り、明日お返事をいたしまする……併し此金
子は』
平『イヤ/\刀剣を私の方へ預つて置くのだから、謂はゞ手附金のや
うなものぢや、苦しうない持つて帰りなさい』
半『では然ういふ事に願ひまする』
ふところ い
と半兵衛は金を懐中に収れまして。
半『どうも初めて上りまして、御無礼な事を申上げ恐れ入りまする』
平『イヤ/\そんな事は如何でも宜い、明日は必ず返事を待つて居る
ぞ』
かしこ
半『畏まりましてございます』
と三木屋半兵衛は貞宗の刀剣を預け置いて立帰りました。
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