やら
大塩平八郎は貞宗を買取つて、竹上万太郎へ戻して遣うと云ふ義侠心
ねだん
から、直段の応対をいたしましたが、半兵衛の方ではそんな事とは知ら
ず、大塩が差料にするつもりで懇望をするのだと思つて、其場で売渡さ
ずに立帰りましたが、腹の中では大晦日前に金が欲しいのでございます、
はなし かは
扨話頭転つて其翌日の事、竹上万太郎は、女房は妊娠中で、母親も長々
の病気でございましたが、昨今は余程快方に向ひましたので、今日は久々
うち
親類の白井孝右衛門の家へ、歳暮の挨拶を兼ねて、其実は、家政の相談
る す おつと
に出けて行きました、其不在中女房のお民は良人の万太郎に向ひまして。
ど う つもり
民『貴下、モシ旦那様、貴下明日は如何なさいますお心算で……』
万『明日如何するとは何の事だ、明日大晦日ではないか』
民『大晦日でございますから、斯うしてお尋ね申しますので』
万『大晦日だから尋ねるとは、何を尋ねるのだ』
いら
民『貴下はマア、お気楽な事を云つて在ツしやいますが、明日は大節
季でございますよ』
万『十二月の三十日は大節季と云ふ事は、昔から極つて居るではない
か』
当今の陽暦では、大の月は二月を除くの外は三十一日でございますが、
昔の陰暦では大の月は三十日、小の月は廿九日でございます、此年は十
もど
二月が大の月であつたと見えます、お民は迂かしがつて。
あなた
民『アレマア貴下、またそんな事を仰しやいます、大節季の事を御承
いら
知で在つしやいますのなら、稲垣さんへも、岩村さんへも、是非御返金
いり
をいたさねばならず、諸払だけでも余程お金が要ますが、如何なさいま
すおつもりで……』
お れ
万『金の事か……実は乃公も今度と云ふ今度は、大きに弱つて居るの
みち
だ、モウ所詮金策の途はないが、如何か工夫は無からうかと考へて居る
処だ、夫れゆえに近頃は天満の先生の方も御不沙汰になつて居る位だ』
ことわざ
民『女の差出た事と、お叱りを受けるかも存じませんが、諺にも宝は
身の差合せと云ふ事がございますから、此竹上のお家の為めには大切な
かたな しの
宝ではございますが、アノお刀剣を質に入れて、一時の凌ぎをお附け遊
い か
ばしては如何がでございます』
と云はれて万太郎は胸にぎつくり、今女房のお民が大切な宝と云つた
のは、貞宗の刀剣の事、其刀剣は過ぎし七月に母と妻には知れぬやうに
かたな や
持出して、刀剣商の三木半で五十両の金を借り、既に返済の期限も過ぎ
ど う
て居ります位、夫れをお民は知らないから、質入れしては如何だと云つ
かく/\
たのでございます、万太郎も今となつて、実は斯々だとも云はれません
わざ
から、態と目に角を立てました。
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