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万『コレ民、お前は実に怪しからん事を云ふ奴ぢや、如何に手許が不
如意だからと云つて、重代の宝を質に入れよとは、奇怪千万、そんな事
がもし母に聞えたら、何と云つて御立腹なさるかも知れない、お前も知
なく
つてるだらうが、全体この竹上の家督は、お亡なり遊ばした兄の熊三郎
いら
殿が、相続をして在つしやつた処が、御病身であつたから順養子として、
此万太郎が家名を継いで居るのぢや、其兄の熊三郎殿が先年御臨終の折
�ネ、私を枕許にお呼びなすつて、此竹上家と云へば、先祖伝来の貞宗の
かたな たとへ
刀剣ぢや、仮令如何なる場合たりとも、売払つたり、人手に渡す事はな
らんと、呉々も御遺言をなすつた位の大切の品だ、夫れを典物にするな
ほか
どは以ての外の事ぢや』
と立腹をしたやうに見せましたので、お民はアゝ悪い事を云つたと、
顔を真赤にして。
民『誠に悪い事を申しました、何卒御勘弁をなすつて下さいまし……
併し稲垣さんから拝借いたしました五両と、岩村さんの七両とは、どう
したつて明朝お返し申さんければ、先方様でもお差支になりませう』
万『そりやア先方だも困るだらうが、モウ今日になつては金策をする
みち
途がない、お前、紋附の着物があつたらう、アノ小紋縮緬の』
民『ハイ』
万『其紋附に今不用の着物を残らず集めて、山田屋を呼びにやつて』
民『貴下はマア何を仰しやいます、其紋附は九月の月季に、山田屋に
質にやりました事は貴下も御存じでございませう、また唯今不用の品な
どは何処を捜したつて有りは致しません』
あつ
と夫婦が額を鳩めて、金策の相談をして居ります処へ、老母のお倉と
云のが、守口から白井孝右衛門と同道をいたして立帰つて参りました、
是れが文政十二年の十二月廿九日の事でございます。
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重代
先祖代々伝
わっている
こと
順養子
弟が実兄の
養子となる
こと
典物
品物を質に
入れること
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