Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.9.24

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その28

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第六席 (3)

管理人註
   

 『御前、平八郎に何か御用の趣、何事か承りたく存じまする』                               にち/\  『オゝ平八郎、苦しうない、ずつと進むが宜い、厳暑の折から日々 の勤め大儀である』  『恐れ入りましてございます』  『実は其方に、内々洩らし置き度い事があつて呼んだのぢやが、夫                         なら れは別儀でもない、此事は他の者にまだ知らせては相成ん事ぢやが、実 は平八郎、予も追々老年に及ぶので、当春頃から職を辞さうと思つて居 つたのぢや、併しとんと其時機がなかつたので、今日まで願ひ出さずに         いよ/\ 居つたのぢやが、愈 意を決して昨日月番御老中まで辞表を出し置いたれ ば、茲一二ケ月の間には御役御免に相成る事と思ふ、就ては其方も今日                     かた まで公務に力を尽し、予の為めにも、また一方ならぬ助力をして呉れし   かたじけ 段、辱なく存ず』  と初めて聞いたる高井山城守の辞意に、平八郎は非常に驚きまして。  『御前、夫れは実際の事でございまするか』  『其方に偽りを申さうか』  『夫れでは最早江戸表へ』      こうびん  『昨日幸便を以つて、御老中お手許まで差出したのぢや』          うつむい  平八郎は暫らく差俯首て黙つて居りました、こりや其筈でございます、 平八郎は此山城守に信任さるゝ事一方ならず、此奉行の為めには一命を賭 けても、忠勤を尽さうとまで思つて居た其人が、職を辞すると云ふのだか ら、其失望と落胆は言葉に出す事は出来ない位、暫時の間黙つて居りまし たが、平八郎も意を決しまして。  『平八郎、今日まで御前の御厚遇に預かり、不肖役目を滞りなく勤め 来たりましたれども、御前が御辞職と御決心遊ばしましたる上は、平八郎                かね も御前と進退を共に仕つるべき、予ての覚悟にございまする』  『予と進退を共にいたし呉るゝは辱ないが、夫れには及ぶまい、其方 はまだ/゛\職を辞すべき年齢ではない、申さば今が勤め盛りぢや、予は 江戸表へ立帰つても、其方は跡へ参らるゝ新任の奉行を補佐いたし、公儀 のお為めに御奉公をいたし呉るゝやうに』                  うち          おとうと  『御意にはございまするが、幸ひ家には同僚西田青太夫の舎弟格之助   てまえ を、拙者の養子にいたしましたれば、其格之助に家を継せまして、屹度御 奉公を致させ、拙者は穏居いたし度く存じまする』  『穏居とは余り早いではないか、予も予々其方の勤めぶり、また平素             つく/゛\ の行ひ、且つ学力等に就て熟々考ふるに、斯うして大阪の地で、組与力な    どを為せて置くのは惜い事ぢや』  『恐れ入りましてございまする』                             こゝろ  『其方は如何でも予が職を辞する上は、共に職を辞するの実であるな』  『毛頭偽りは申しませぬ』  『左様か』  と云つて高井山城守は、何か考へて居りましたが、暫らくして。

   


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