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いよ/\
高『其方は 愈 養子格之助に、家名を継がせると申すのか』
をり
平『左様でございます、格之助も当年は、最早十九に相成り居ますれ
ば、御用の勤まらぬ事もございますまいかと存じまする』
高『其方は隠居をして何をいたす考へぢや、私塾にても開いて、学問
ほか
を教授する考へか、何かまた他に望む事があらう、其望みを予に打明け
て話し見い、予の力にて及ぶへき事であれば、其方の為めに力を尽して
ど う
遣るが、如何ぢや、打明けて話て見ぬか』
平『いつに変らぬ厚意の段、有難く存じまする、御言葉にあまへ斯様
たとへ
なる事を申し上げまするは、実に恐縮の至りではございますが、仮令御
つら
役所向は何でございませうとも、御旗本の末席に列なりますれば、生涯
うへ
是れに上越す望みはございません』
高『予も大抵左様の事であらうと存じて居つたのぢや、夫れゆえ与力
くらゐ
の役目を倅に譲るのぢやな、其方として其位の望みは有るべき事ぢや、
つか
予が参府をしたる上は、何とか尽力をして遣はさう、今日まで与力とし
ての勤め方に於いても、予は充分に其勤功を認めて居るから、機を見て
とりな
老中方へ、執成しをして遣はさう』
と高井山城守は、唯自分が信用をして居る平八郎の事だから、余計な
事を云つたのを信じて、平八郎は、此時からしてコリヤ事に依つたら旗
本になれるかも知れないと云ふ野心を起した、如何に平八郎が人才のあ
る男でも、明治の今日とは違つて与力であつたものが、直に御直参の旗
本にはなられぬ、まづ江戸表へ出て、一旦は御家人の株でも買つて身分
を替へた其上でなければ、到底旗本になれるものではない、夫れ位の事
を知らぬ高井山城守でもなく、平八郎とても分つてあるべき筈だが、悪
く云へば少しく慢心をしたとでも申しませうか、山城守が江戸表へ帰ら
さま/゛\
れたら、必ず昇進の出来るものだと思つて、尚ほ種々に頼み込んで、其
日は屋敷に立帰り、高井の辞職の事は、格之助にも、誰にも語らず、相
にち/\
変らず日々勤めて居りました。
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相蘇一弘
「大塩平八郎の
出府と「猟官運
動」について」
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