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と、何の気も無く云つたのが平八郎の胸にギツクリ、と云ふのは頼み
かね
に思ふ其人に勢力がなくなツちやア、予ての望みが如何なるかも知れな
とりな
い、山城守が大阪在勤中に、江戸へ帰れば老中方へ時機を見て執成しを
のち
して遣らうと堅く云つて呉れたが、帰府してから後モウ三年も経つが、
おとづれ しびれ
何の音信もないので、平八郎、痺を切らせて遥々と江戸三界まで出て来
あて
たのに、斯ういふ容子では約束も、当にはならないと思ひましたが、イ
ヤ/\、林大学頭に逢つて見たらば、また何とか青雲の道もあらうと思
ひましたから。
平『ハゝア高井様は西丸の御留守居をお勤めになるかな、お前、林大
学頭様の事は知らないかへ』
半『ヘイ、其林様なら私も御屋敷へお出入をいたします、林様と云ふ
のは同じ御儒者衆で二軒ございまして、式部少輔様の方の御知行は五百
石でございますが、貴下の仰しやいまする大学頭様は三千五百石、同じ
林様でも大層違つたもので、併し夫れでも御勝手元は余り御充分でない
かくれ
と見えまして、昨年の暮れにお死去になりました、御用人の谷村幸之進
様と仰しやる方なんぞは、お家の為めに余程御心配をなすつたので、ま
おとし
た貴下、そんな老齢でもないのに、惜い事でございます』
しやべ
と問はず語りに半兵衛は、林の用人谷村幸之進が、病死した事を饒舌
いよ/\
りましたので、平八郎は 愈 驚いて。
平『ナゝ何と云ふ、谷村氏は死去せられたか』
かくれ
半『ヘイ昨年の十二月……日は忘れましたが、お死去になりました、
貴下は谷村様とは御懇意でございましたか』
平『イヤ実は今度の出府も、其谷村氏に是非お目に掛りたく存じて参
つたのぢやが高井公の当時の御役ネと云ひ、谷村氏が居られぬとして見
ると……』
あと こま
と跡言ひさして、平八郎、両手を拱ぬき、暫らく無言で何か考へて居
りました、銀蔵も斯うなると少々手持不沙汰でございますから、そこ/\
に挨拶をして立帰りました。
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相蘇一弘
「大塩平八郎の
出府と「猟官運
動」について」
相蘇一弘
「天保六年、
大塩平八郎の
「江戸召命」
について」
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