Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.10.2

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その36

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第八席 (1)

管理人註
   

 大塩平八郎程の人物だが、与力から旗本に昇進しやうとの野心を起した のは、謂はゆる刃金が裏へ廻つたとでも申しませうか、是れ等の望みが水 泡になつたのも後日に騒動を起す原因の一ツでございませう、平八郎は遠 州屋半兵衛方へ戻つて来ますと、英治も心配をして居りますから。           いかゞ  『先生、お首尾は如何でございました』                           『イヤ実は何ぢや、城州公も御老年であるから、未だ充分に老中方へ お謀り下さらぬのぢや』  『左様な事でございましたか』          わざ/\  『併し斯うして態々出府したに就て、滞在中には何とか御尽力下さる             そ ち やうに仰せられたから、其方も余り心配をいたさぬやうに、ナニ罷り間違 つた処で元々の話しで、江戸表見物に参つたと思へば、夫れで済む事ぢや、       めうにち 花は遅くとも明日は甲州屋を誘つて、向島へでも出掛けて見やうでは無い か』   わざ                            と態と平然として居りますが、平八郎、心中は甚だ不愉快だ、然りとて 山城守へ対し、それぢやア約束が違ふと、理屈を云ふ事も出来ません、そ こで其翌日は久保町の甲州屋銀蔵を誘つて、向島へ出掛けましたが、モウ 桜も九分通り散つてございますから、是れでは余りに興がないと云ふので、                              てう 其日は帰つて、翌日はまた小金井の桜を見に行きますと、此処は恰ど見頃 でございますが、花を見ても酒を飲んでも、平八郎は一向に面白くない、 銀蔵はそんな事も知らないから。                こつち  『旦那、どうも桜と来ちやア当地に限るやうでごぜへやす、私も大阪 の桜の宮へ花の時分に往つて見た事はごぜへやすが、江戸の桜に比べちや   ○ ○ アカラ駄目でごぜへやす』     そ う  『左様ぢやな』             『此小金井の花は斯んなですが、向島の真盛りの時分に往つて御覧な                  あ           まる せへやし、昨日御覧でしたらうが、彼の散つた枝に恰で牡丹のやうな桜が、 一面に咲いてるのですから美事なもんでごぜへやす』   いろ/\         すゝ  と種々話しを仕かけて酒を侑めましても、平八郎一向に酔ひません、銀 蔵は苦労人だから、斯ういふ時には早く帰つた方が宜からうと思ひました から。                    そろ/\  『旦那、遠方でごぜへやすから、モウ叙々と帰るといたしやせう』  『左様に致さう、昨日と云ひ今日も御苦労であつた、併しモウ花も見 飽きたやうぢや』  と早く遠州屋へ立帰りまして。           る す  『亭主や、私の不在中に高井様から、お使は来なかつたか』       どちら  『ヘイ、何方からもお人は見えませんで……』  『左様か……』


相蘇一弘
「大塩平八郎の
出府と「猟官運
動」について」

相蘇一弘
「天保六年、
大塩平八郎の
「江戸召命」
について


『大塩平八郎』目次/その35/その37

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