かみ まいない よか
乙『然うでせう、上の御役人方の奢りや、賄賂を取つて宜らぬ事をなさ
それゆゑ
るものだから、夫故に天道様が、上役人衆を懲しめる為めに、雨を降らし
たり、風を吹かせたりなさるのでせう』
丙『上役人を懲しめて頂くのは結搆だが、其お相伴に粥をすゝつたり、
芋を喰つてお尻を鳴して居ちやアつまりません』
などゝ噂をして居りましたが、其翌年は幸ひにして無事であつた、所が
東町奉行はまたもや代る事になつて、今度は大久保讃岐守と云ふのが新任
として、前の戸塚備前守と交代なりましたので、また斯ういふ噂が立つた。
甲『どうだい、又東の御奉行が代つたぢやないか、久しい間お勤めにな
いら
つて在つしやつた、アノ高井様が退職をなすつたのは、天保元年のたしか
七月だつたが、夫れから二、三、四、五六と今年で足掛け六年の間に、曾
根日向守様に戸塚備前守様、夫れから今度が大久保讃岐守様だ、あんまり
代りやうが早いでは無いか。其癖西の御奉行様はお代りなさらない』
おほ
乙『大きな声ぢやアいはれないが、こりやア何でも大公儀の方ぢや、東
の御奉行の評判が宜くないからだぜ』
甲『然うかも知れない、併し其評判の悪いと云ふのは、近頃東の組与力
や同心衆との間に、威光の争ひをして居るもんだからな』
乙『西だつて東だつて、同じ町の御奉行で、其下に使はれて居る与力や
同心が、威勢を争つたつて、仕様がない話しぢやないか』
さ おれ えら あいつ
甲『だが人間と云ふものは然うはいかないもので、己が豪い、己は彼奴
の下に付いて働くのは嫌やだと云ふ気になるものだ、何も西が東に負ける
どろぼう よけい
の勝のと云ふ事はないが、西の手で盗賊でも何でも悪い奴を一人でも余斗
つか
に捕まつたり、同じ捌き方でも、巧くやりたいと思ふのが人情だから、そ
こで西組は東の御奉行の事を悪く云ふから、つまり夫れが江戸の方へ聞え
て、お奉行を代へたら宜からうと云つたやうな塩梅に、斯う早く交代にな
るのだよ』
町人が集まつてさへ斯んな噂をする位だから、東組の与力や同心の仲間
しば/\ しよゐ
では、町奉行が 屡 交代なるのは、全く西組の者の所為に基く事だと云ふ
風説が行はれるので、大塩平八郎は隠居の身の上ではあるが、残念で堪ま
りません、処が天保七年の七月になると、また大久保讃岐守は免職となつ
て、其跡へ跡部山城守と云ふのが赴任して参りました、シテ見ると高井山
城守以来の東奉行は、いづれも在職満二年と云ふ者はない位だ。
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