格『ハイ、御奉行へ如何いふ事を願ひますので』
ほか あ
平『イヤ夫れは他の事でもない、今も云ふ通り、今年は夏の掛りから彼
の通りの天候で、目下の米価は実に近年未曾有の騰貴で、到底此儘では小
つく/゛\
前の者が喰て行く事は出来ぬ、そこで熟々と考へて見た処が、此上は難波
く ら
の御倉庫に収めてある米を取出し、其米を以て救ふより、此場合他に分別
がないから、其方から跡部様へ懇願をして呉れい』
もつとも めうにち
格『これは御正理な思召しでございます、明日御役所へ罷り出まして、
委細の事を御奉行様へお願ひ申して見まするでございます』
平『平八郎よりも其儀を、お願ひ申して居ると云つて呉れい』
格『畏まりましてございます』
をり
そこで格之助は其翌日、東町奉行へ出勤いたしまして、機を見て山城守
へお目通をり願ひ。
格『申し上げます』
山『何ぢや』
つぶさ ござ
格『愚父平八郎、御役宅に罷り出まして、具に御願ひ申すべき筈では厶
いますが、隠居の身にございますれば、拙者を以つてお願ひ申し上げます
る』
山『何事の願ひぢやな』
格『御承知の通り、近来米価の騰貴、今日では実に其極に達しまして、
びんぜん
路傍に餓死する者さへ尠なからざる惨状、何とも早や憫然の至りにござい
ます、就きましては此窮民を救ひますには、官廩を開き、其米を以つて救
みち
ひ遣はしますより、他に致すべき途は之あるまじく存じ、此儀を懇願奉れ
よと、平八郎の申し附けにございますれば、何卒御採用の程、願はしう存
じまする』
あ め
跡部山城守、心中に、また彼の高慢な平八郎奴、何を云ふかと思ひまし
わざ おもて
たが、態と面を和らげて。
山『格之助、其方の養父平八郎は、斯くまで窮民の困難に意を用ふると
もつとも
は、予も実に感服いたす、如何にも正理なる願ひではあるが、町奉行とし
て官廩を開くと云ふ事は出来ぬ、此事は平八郎も能く心得て居る筈の事ぢ
や、依つて予も今即答に、其事を承知いたしたとは申されぬ、併しながら
兎も角も委細の事を、御城代土井大炊頭殿へ申請し、其許可を得て速かに
執行する事にいたさうから、其方帰宅したれば父平八郎へ、左様申し呉れ
い』
格『早速お聞済み下されまして有難く存じまする』
と格之助は大きに喜び、帰宅をすると早速養父の前に行きまして。
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