格『唯今戻りましてございます』
さぞつか そ
平『オゝ帰つたか、日々の勤務嘸労れたであらう、而して如何であつた、
昨日申附けた事を、御奉行へ申し上げて呉れたか』
あなた
格『今日貴父の仰しやいましたる事を、御奉行へ申し上げましたる処、
山城守様にも御賛成で』
平『ナニ、跡部公も御賛成下されたか』
もつとも
格『左様でございます、平八郎の申す処、如何にも道理千万である、併
こめぐら
し町奉行として勝手気儘に御米庫を開くと云ふ事は出来ぬ、此事は平八郎
かね
にも予て知つて居る筈の事ぢや、依つて兎も角も御城代様へ申し上げ、許
可を得たる上、早速米を取出す事に致さうと仰しやいましたので、私も大
きに力を得て立帰りましてございます』
平『左様であつたか、夫れは誠に好い都合であつたな、跡部公から土井
公へ其事を願はれたら、決して故障はあるまい』
と平八郎も大きに喜びまして、其後はモウ何とか御沙汰があるだらうと
思つて、十日計りも其安否を待つて居りましたが、一向に何の沙汰もない、
平八郎も心なりませんから。
た ま
平『格之助、今日でモウ十四五日も経つのに、未だ何とも御沙汰のない
のはどういふものであらうか、お前、役所で御奉行と顔を合さぬといふ事
はあるまい、余り不思議に思はるゝから、其方から返事を促して見るが宜
さ なほざり
い、斯様な一大事を然ういつまでも、等閑にして置かるゝ筈はない』
格『私も左様に存じますから、明日はモウ一度伺つて見るでございませ
う』
めのさき
平『然うして呉れ、焦眉の難を目前に控へて置いて、一日猶予すべき事
でないから』
そこで格之助は翌日役所に於て、跡部山城守へ催促をして見ますると。
山『イヤ其事は予も心には掛つて居るが、其方も知る如く、此頃は公務
ひま
が多端であるから御城代の処へ往つて居る隙がない、夫れゆえに心ならず
うち
も、今日まで打棄て置いたが、モウ暫らく待つて呉れ、必ず茲四五日の間
には御城代に御目に掛り、平八郎の望み通り、難波の御蔵米を、御下渡し
になるやうに致すであらう、平八郎にも其辺の事を能く云つて置いて呉れ
い』
格『何分宜しくお願ひ申し上げまする』
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