大塩格之助は立帰つて、其旨を父平八郎に語りますと。
平『アゝ実に跡部殿は目先きの見えない人だ、今日町奉行の職を奉じな
した/゛\
がら、下民の者が是れ程までに苦しんで居る事に、意を用ひぬと云ふ事が
えら
あるものか、是れを思ふと高井殿は実に豪い人であつた、もし今日高井殿
が御奉行であつたならば、決して斯ういふ事はない』
や
と平八郎は何に就けても、跡部山城守の行り方が癪に障つて堪りません、
けれども如何する事もできないから、また四五日も待つて居りましたが、
矢張り何の沙汰もございません、斯うなると平八郎は云ふ迄もなく、格之
た ち
助も気が堪まりません、此格之助と云ふのは至つて温厚な性質でございま
すが、夫れでさへもモウ辛抱を仕兼ねまして、又山城守に向つて督促をい
たしましたる処、いつもと違つて気色を変へ。
山『然う度々催促をせずとも宜いではないか、予に於ても等閑には致し
て居らぬ、土井殿に面会いたして、万事協議を致したのぢや』
格『左様とは存じませず、御催促かせましく申し上げましたる段は、御
勘弁を願ひまする……夫れでは御蔵米を……』
山『イヤ、お身に対しては甚だ気の毒千万ではあるが、実に斯様ぢや、
せじゆつ
土井大炊頭殿に就いて、施恤米の儀を願つて見た処が、城代の申さるゝに
う へ
は、将軍様来春には御退隠遊ばされ、御代替りの大典を行はせらるゝ御都
合であるから、申さずとも御物入と云ふ事は解つて居る、其御費用を償ふ
には差し詰め御蔵米を取出して、其米を以て補はねば相成らぬから、江戸
表よりして、当地にある米を、廻送せよとの御沙汰が度々ある折からなれ
く ら
ば、到底難波の御倉庫を開いて、米を取出すと云ふ事は出来ぬとの事であ
つた、夫れにまた後城代の御意見では、仮令江戸表より廻送の御沙汰が無
みのり
くつても、今春以来の凶作であるから、来年の実も如何であるか分らぬ、
それを知りつゝ御蔵米を取出すと云ふ事は出来ない、今御蔵の米を無くせ
し為めに、御役料御合力米に欠乏する様な事でもあつた時には、役目の失
ことがら
態となる事は云ふまでもない事ぢや、其辺の事情を考へて見る時は、平八
もつとも
郎なり、お身の意見も道理には思へども、気の毒ながら此事は断念いたし
呉るゝ様、お身から平八郎へ能く云つて呉れい』
と思ひも寄らぬ山城守の言葉に、格之助に於ても大きに驚き、早速立帰
つて委細の事を父平八郎に物語りますと、イヤ怒つたの怒らないの処では
ない。
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