斯うなると互に競争心が起つて来て、加島屋両家も炭彦も辰巳屋も、五
づゝ
千両宛出金しやうと言出しましたから、其他の人々も三千両、或は二千両
と云ふ事になつて忽ちにして六七万両位は纏まりさうでございますから、
善右衛門も大きに喜びまして。
善『早速皆様が御同意下さいましたので、私も頼まれました甲斐がある
と申す者でございます』
いひ かたは
と云ながら傍らを見ると、最前から首を傾ぶけ、頻りに思案に呉れて居
りますのは、米屋平右衛門でございます、善右衛門は不思議に思ひまして。
いで
善『米屋さん、貴下は何か御思案をなすつてお在のやうですが、此出金
の一條に御同意は下さいませぬか、何か是れに就いてお考へでも』
米『イヤ実は先刻から段々のお話し、承まはり、今回大塩様の思召しは、
如何にも美挙に相違はごさいませんが、併しまた退いて考へますると、窮
民に施恤をするなとの事は、御城代様か、また町奉行とかのなさるべき事
で、大塩様が如何にお名が高いと申しても、失礼ながら組与力衆の御一人、
殊にはまた当時御隠居のお身の上、夫れにまた与力衆や、同心衆の御知行
か た もと
を抵当に取るなどゝ云ふ事は、素より出来る事ではございません、尤も斯
様な事もございますまいが、コリヤひよつとすると大塩様が、御自分のお
名を売らうと云ふ下心があつて、思ひ立たれた事かも知れませぬ、夫れに
モウ一ツ私が心配と申すのは、今日の御時節、いつ何時公儀から御用金を
こんにち
仰せ付けらるるやも知れません、今日隠居をしてござる大塩様のお頼みに
対し、五千両とか、三千両とかの大金を御用立て置いて、もし御奉行様か
づゝ
ら一万両宛金を差出せとでも云はれた時に、何と云つてお断りが申されま
ど う
せう、其辺の事を貴下方には如何思召します』
と米屋平右衛門は膝を押進めて一同の顔を見ました。
づ
善『成程、其辺の事には一向心注きませんでした』
もつとも
天『如何にも是れは御正理な事でございます』
平『其辺の事には吾々心注きませぬから、五千両出さうと申しましたが、
鴻池さんコリヤ如何したものでございませう』
善『左様ですなア、米屋さん、如何したら宜うございますせう』
いかゞ
米『左様……斯うしては如何でございませう、一応此事を内々で御奉行
の跡部様へお伺ひ申して、夫れは其方等が随意にしろと仰しやつたれば、
其上で大塩様へ唯今の通り、金子を御用立やうぢやありませんか、其時に
は私も五千両出金いたしませう、跡で御奉行様からお目玉を頂戴するのも
いかゞ
厭でございますから、お届けをした上の事にいたしては如何でございます』
つら
そこで相談が纏まり、米屋平右衛門の云ふ通り、此席に列なりました者
一同が連署の上、委細の事を東町奉行跡部山城守殿へ届け出でました、処
が此跡部と云ふ人が、また誠に大塩平八郎を嫌つて居ります、と云ふのは
ねた
平八郎と云ふ人が、余り名望が高いので妬む心があつて、何とかして此声
価を落とさうと考へて居る矢先きへ持つて来て、斯ういふ届けが出ました
から、此処でこそ大塩平八郎の鼻をヘシ折つてやらうと思ひ、早速に連署
をしたる町人の中で、重立つた者を三四人、奉行所へ召出だしました。
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