そこで鴻池屋善右衛門其他三軒の者は、いづれも支配人を以つて代人と
し、御奉行所へ出頭いたさせますと、跡部山城守には。
山『其方共連名にて伺ひ出でたる儀、実に以ての外の事ぢや、これは其
方等の知らぬ事ぢやが、大塩平八郎より忰格之助を以つて、一度ならず二
度三度、貧民救恤の為め、難波御蔵米の取出し方を願ひ出でたれど、御蔵
とゞけ ほしい
米欠乏の恐れあるがゆえに、其儀聞き届ざりし処、今また平八郎、恣まゝ
に町人共を説いて金品を借入れ、困窮の者を救はんとするは、慈善の名を
おのれ
借りてコリヤコレ畢竟するに、自己の名を売らんとするに外ならず、左様
たとへ
なる儀に其方共、仮令一銭たりとも、奉行所より沙汰なきに平八郎へ貸与
へるは宜しからず、併し他の事とは違つて、窮民救恤と云へば決して悪い
事でもないから、其方共が一存を以つて、平八郎へ金を貸遣はす分には、
敢て差支はない、ぢやが一応心持の為めに申し置くが、今日与力の隠居に
すら、莫大の金子を貸すとあれば、今後に及んで、公儀より、御用金を仰
せ出ださるゝ時には、一言半句たりとも、苦情は云はさぬから、左様心得
て居るが宜いぞ』
と山城守に一本止めを刺されたので、互ひに顔を見合せ、大きに驚いて
奉行所を退き、立帰つて其趣を一同の者に告げ知らせました、サア斯うな
いろ/\
ると米屋平右衛門は鼻が高い、そこで又々一同の者が集まりまして、種種
相談をいたしましたが、此上は大塩平八郎方へ断りを云ふより外に仕様が
こと
ございませんから、最初に頼まれたのが不承、鴻池屋善右衛門からして謝
わり つかひ
絶の使を遣る事になりました、斯かる事とは少しも知らない大塩平八郎は、
き つ さ う
モウ鴻池から吉左右を云つて来るか、モウ金子を持つて来て呉れるかと待
つて居ります処へ、取次の者が平八郎の居間の襖を開けまして。
平『何ぢやナ』
△『今橋の鴻池屋善右衛門の手代、徳兵衛と申す者が参りまして、お目
いかゞ
通りを願ひますが、如何取計らひませう』
平『ナニ鴻池の手代が来た、ソレ待兼ねて居る処ぢや、客の間へ通して、
い
叮嚀にせんければ可けないぞ』
取次の者は鴻池の手代徳兵衛を客の間へ案内をいたしました、手代と申
うち
しても、此徳兵衛は、別家の中でも相当の資格のある者、客の間へ案内を
やが
されたものゝ、針の筵に座す心地でございます、軅て平八郎が出て参り。
平『是れは/\、お前が徳兵衛殿でござるか』
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