Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.10.20

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その53

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第十一席 (2)

管理人註
   

 徳兵衛は両手を突き、畳に頭を摺付けまして。  『旦那様、徳兵衛にございまする、主人善右衛門、罷り出づべき筈の 処、少々風邪の気味でございまして……エー此程御尊来下されましたる処、 誠に失礼を仕つりましたる段、宜しくお詫をせよと申附けましてございま する』  『イヤ/\、突然参つて迷惑であつたらう、其砌はまた無理な事を頼                      ほか/\ んだ処が、快よく承知をして呉れたるのみか、外々へも相談をして呉れて 満足いたす、定めて今日は其返事に来て呉れたのであらうが、実は徳兵衛、 拙者に於てはモウ一日千秋の思ひをして、待つて居た処ぢや』  『恐れ入りましてございます、本来なれば主人善右衛門が推参仕りま して御返事を申し上げる筈の処……其……何でございまして……』  『イヤイヤ、善右衛門殿が来られずとも、そんな事は搆はぬが、如何 いふ都合であつたか』  『エー夫れが其、誠に如何も……実に早や……』  と口籠つて判然とした口上を述べ兼ねて居りますので、平八郎もコリヤ 変だと思ひながら。                         いかゞ  『お頼み致し置いたる一條は、不調であるのか、如何の次第ぢや、遠 慮には及ばぬから、判然と云はつしやい』  徳兵衛は身をブル/\と震はせながら、     ど う  『如何も早何とも申訳がございませんが、御依頼に相成りましたる儀      もつとも は、至極御正理と存じまして、天王寺屋を始め、其他の者共とも相談を仕 つりました処が、何分にも差障ることがございまして、折角の儀ではござ                  どうぞ いますが、御調達を致し兼ねます……何卒此儀は悪からず、御承引下さり ますやうに……』                からだ  と徳兵衛寒中であるのに、額も身体へもビツシヨリ汗をかいて申し述べ               うち ました、平八郎も自分が鴻池の家へ往つて、善右衛門に面会して頼んだ時 の様子では、多分金調の出来ると思つて居た処が、余り意外の返答に、暫 らく無言で居りました。  大塩平八郎は心中に、コリヤ善右衛門の腹から出た事ではなからう、何 か深い仔細のある事だと早くも推量いたしましたから、今此処で使ひに来 た徳兵衛に向つて彼是と云つた処で仕方がないと思ひ。              つかひ  『返事の趣は承知した、使、大儀であつた』  と云つて座を立上り、ツゝツーツと奥の方へ這入つて了ひました、徳兵                       やしき 衛も手持不沙汰で、挨拶もそこ/\にして大塩の邸宅を立出で、門の外で ホツと息きを吐き、急ぎ足で主人の家に立帰りました。

   


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