此方は平八郎、十が九つまで金が出来ると思つて居る処へ、意外にも徳
ことわり つかひ おのれ
兵衛が、謝絶の使者に来たので、非常に立腹をいたし、汝町人共、モウ言
たとへ かねもち
葉を交すも穢らはしい、仮令何百万両の財産家であらうとも、我眼から見
る時は乞食非人にも劣つた奴等だ、今に見よ、思ひ知らさで置くべきかと
しか/゛\
憤りながら、早速庄司儀左衛門を呼寄せまして、鴻池屋善右衛門から云々
斯様斯様の口上で使ひの者が来たと云ふ事を物語りまして。
平『どうも使に参つた徳兵衛の言葉の端々、また拙者が此間善右衛門に
面会せし時の様子などを考へて見ると、何か是れには仔細がなくてはなら
ぬと思ふが、貴公は何と思はつしやる』
儀『拙者も何だか変に思はれます、一応是れは内情を探つて見ませう、
さ よ こ
然うすれば謝絶に寄来した事が判るでございませう』
平『どうか然うして貰ひたい』
そこで庄司儀左衛門の手で探偵をして見ると、最初鴻池から廻章を以つ
て、重立た処の町人を呼集め、善左衛門から五千両を出さうと云ふと、其
他の者も賛成し、異議を唱へる者はなかつた、処が其席に列して居た米屋
ど う
平右衛門が、町奉行に一応伺つた上の事にしては如何だと、注意をしたの
で、一同の者も公儀を恐れ、跡部山城守へ届け出でたる処、奉行より沙汰
なきに平八郎へ、一銭たりとも貸与へる事は宜しからずと止められたので、
ことはり
遂に鴻池から謝絶の使ひを、大塩の許へ差越したと云ふ事が判りましたの
いよ/\
で、儀左衛門は其由を平八郎に告げました、扨こそと平八郎は 愈 跡部山
城守の処置を怨みまして、モウ此上は是非に及ばんと、茲に於て今日で云
こら
へば、社会党とでも申しませうか、予て公儀の役人等が不義を懲さんと云
ふのが表向き、其裏面から窺つて見ると、不平満々たる輩が其鬱憤を晴ら
にはか
さんが為めに、俄然に平八郎は同志の者を呼集める事になりました、まづ
やしき
第一に大塩の邸宅に集まりましたのは、東組の与力でございまして、瀬田
済之助に小泉淵次郎、同じく同心の平山助次郎、渡辺良左衛門、庄司儀左
衛門、近藤梶五郎、河合郷左衛門、夫れから守口の孝右衛門、般若寺村の
忠兵衛等の九名、是れに平八郎と格之助を加へまして十一名の者が、一室
の内に集まり、其他は家内の者たりとも此一室へ立入る事を禁じ、尤も心
し
利きたる召使ひの者に命じ、誰でも出て来たれば直ぐ報らせ、もし出て来
け ふ
た者が尋ねたらば、講義をして居るから、今日は面会が出来ぬと云つて帰
すのだと申し附け、平八郎は奥の一室に入来り。
おの/\ さぞ
平『各 御苦労でござつた、最早年内も僅かになり、嘸何かと多忙な事
おの/\がた
でござらうが 各 方は予て此平八郎とは、水魚の交はりであるから、何事
も心置きなくお談じ申さうと思つて、今日斯うしてお呼寄せしたのぢや、
おほやけ わたくし こら いよ/\
夫れは仁義の 公 を以つて、不義の 私 を懲さんが為めでござるが、愈
おの/\
其機近きにあれば、各 に於て変心なき事、今更申すまでもないが、此際
こし
各には同志と認むる者には勧誘をして貰ひたい、就ては此処に連判状を設
おの/\ お
らへて置いたから、まづ 各 から署名して、血判を捺して貰ひたい』
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