Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.10.23

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その56

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第十一席 (5)

管理人註
   

                        ねんとう おんれい  『御免下さいまし、河内屋喜兵衛でございます、年頃の御礼かた/゛\、 御無沙汰のお詫に参りましてございます、親旦那様は御在宿で』         ほ ん  内玄関の処で書物を読んで居りました、若党の曾我岩蔵が。  『ヤア、河喜さん、お目出度う……先生なら御宅です』                                 『夫れぢや喜兵衛が参りましたと、憚りながら一寸然う云つてお呉ん なさいまし』  曾我岩蔵は平八郎の居間へ参りまして。  『先生、河内屋喜兵衛がお礼に参りまして、お目通りを願つて居りま す』  『河喜が参つたか』  『左様で』       てう                こちら  『夫れは恰ど宜い処ぢや、三ケ日が済み次第、此方から行かうと思つ て居た処ぢや、此方へ通すがよい』  岩蔵は此方へ来て。                            いら  『喜兵衛さん、お通りなさい、先生はいつもの御居間に在つしやいま す』  『ぢやア御免を蒙ります』  喜兵衛は能く勝手を知つて居りますから、平八郎の居間の襖を開けまし て、坐ると叮嚀に頭を下げ。          ぎよけい  『先生、新年の御慶、お目出度うとも申し上げられませぬが、併しま づお目出度う存じます、例年の通り元旦に参らねば相済みませぬが、旧年    から彼の通りの大飢饉でございますから、どうもお目出度いと申して、お 礼に廻りますのも変でございますので、態と御遠慮をして居りましたが、 何だかまた夫れも失礼のやうでございますから、遅々ながら今日は御年礼 やら御不沙汰の詫に、伺ひましてございます』  『イヤとんと貴公が云はるゝ通りぢや、目出度いと云つて、礼に廻る             お か 事の出来ない正月だから可笑しい、トキニ貴公に折入つて頼みたい事があ る、夫れで此三ケ日が済んだら、此方から貴公の宅へ行かうと思つて居た 処へ、今日斯うして来て呉れたのは、誠に好都合と申すものぢや』  大塩平八郎が、折入つて頼み度いと云ふのは何事かと思つて、喜兵衛は 膝を進め。  『私共に折入つてお頼みがあると仰しやいますのは……』

   
 


『大塩平八郎』目次/その55/その57

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