ねんとう おんれい
喜『御免下さいまし、河内屋喜兵衛でございます、年頃の御礼かた/゛\、
御無沙汰のお詫に参りましてございます、親旦那様は御在宿で』
ほ ん
内玄関の処で書物を読んで居りました、若党の曾我岩蔵が。
岩『ヤア、河喜さん、お目出度う……先生なら御宅です』
さ く
喜『夫れぢや喜兵衛が参りましたと、憚りながら一寸然う云つてお呉ん
なさいまし』
曾我岩蔵は平八郎の居間へ参りまして。
岩『先生、河内屋喜兵衛がお礼に参りまして、お目通りを願つて居りま
す』
平『河喜が参つたか』
岩『左様で』
てう こちら
平『夫れは恰ど宜い処ぢや、三ケ日が済み次第、此方から行かうと思つ
て居た処ぢや、此方へ通すがよい』
岩蔵は此方へ来て。
いら
岩『喜兵衛さん、お通りなさい、先生はいつもの御居間に在つしやいま
す』
喜『ぢやア御免を蒙ります』
喜兵衛は能く勝手を知つて居りますから、平八郎の居間の襖を開けまし
て、坐ると叮嚀に頭を下げ。
ぎよけい
喜『先生、新年の御慶、お目出度うとも申し上げられませぬが、併しま
づお目出度う存じます、例年の通り元旦に参らねば相済みませぬが、旧年
あ
から彼の通りの大飢饉でございますから、どうもお目出度いと申して、お
礼に廻りますのも変でございますので、態と御遠慮をして居りましたが、
何だかまた夫れも失礼のやうでございますから、遅々ながら今日は御年礼
やら御不沙汰の詫に、伺ひましてございます』
平『イヤとんと貴公が云はるゝ通りぢや、目出度いと云つて、礼に廻る
お か
事の出来ない正月だから可笑しい、トキニ貴公に折入つて頼みたい事があ
る、夫れで此三ケ日が済んだら、此方から貴公の宅へ行かうと思つて居た
処へ、今日斯うして来て呉れたのは、誠に好都合と申すものぢや』
大塩平八郎が、折入つて頼み度いと云ふのは何事かと思つて、喜兵衛は
膝を進め。
喜『私共に折入つてお頼みがあると仰しやいますのは……』
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