Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.10.24

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その57

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第十二席 (1)

管理人註
   

 『貴公を男と見て頼むのだが、此平八郎が所持して居る処の書籍を、 残らず買取つて貰ひたいのぢや』  河内屋喜兵衛は驚いた、大塩平八郎の家の財産と云つたら、書籍より他 には無いと云つても宜い位のもので、其代りにまた書籍は実に沢山持つて 居りました、小さな本屋などは、到底足許へも寄附かれぬ位でございます、     のこらず 其書籍を悉皆売らうと云ふのは、不思議でございますから。    『先生。貴下が買へと仰しやるのならば買取らない事もございません                                あたひ が、如何いふものでございますか、御承知の通り此節の不景気、米の価は 高うございますが、書物などを今売らうと云ふと、二束三文、実に馬鹿々々 しい相場でございます、斯んな事は私の口から申すまでもなく、貴下方は                  なにゆえ 能く御承知でございませう、夫れにまた何故に御本をお払ひなさいますの で……』        もつとも  『其不審は正理千万、今日平八郎が、日頃から大切にして居る書物を 売らうと云ふのは、実に是れは止むを得ざる次第ぢや、其理由は斯様ぢや』  と是れから平八郎は、貧民救恤を思ひ立つて、最初町奉行跡部山城守へ、 御蔵米の事を願つた処が許されず、夫れゆえに町人より金を借受けて、施 行を為さんとせし処、またもや奉行に妨げられし事を語りまして。         よんどこ  『夫れゆえに拠ろなく、所有の書籍を売却して、其金を以て窮民を救 つて遣らねば、此平八郎の男の顔が立ち申さぬ、そこで日頃から義侠心の ある貴公に、打明けてお頼み申し、書籍を是非々々買取つて貰ひたく存ず る』  と平八郎、熱心に河内屋喜兵衛を説き附けますと、町人ではございます が、喜兵衛は平八郎の云つた通り、義侠心に富んで居りますから、大塩の 今度の企てには深く同情いたし。  『宜しうございます、如何にも手前共の方へ買受けませう』                  かたじけ  『買取つて下さるか、夫れは千万 辱 ない、実は売却と意を決してか              あらた ら取揃へて置いたが、一応検めて貰ひたい』  『夫れでは兎も角も拝見をいたしませう』  と平八郎の案内で、広間の方へ往つて見ると、イヤ如何も実に沢山ござ います、喜兵衛はまづ一通り取調べまして、五百両に買取る事と相成りま した、其頃の五百両と云へば、今日の四五千円にも当りませうか、そこで 直段の約束をいたしまして、喜兵衛は立帰り、一日置いて五日になります と、大八車を挽かせて喜兵衛は、別にまた金箱を奉公人に持たせて大塩の やしき 邸宅へ参り、まづ五百両の金子を平八郎に渡して、沢山な書物類を受取り、      の せ 大八車に搭載まして、先きへ自分の宅へ運ばせ、喜兵衛は跡に残つて居り ましたが。

   


『大塩平八郎』目次/その56/その58

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