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このたび
喜『偖先生、今度の思召しには、此喜兵衛も感服の外はございません、
就きましては此処へ百五十両の金子を持参仕りました、是れは甚だ失礼で
はございますが、右の費用の中へお加へ下さいませ、書籍の代金と都合六
百五十両に相成りますから』
か ね
と云つて喜兵衛は、別に革財布に入れて持つて参りました金子を平八郎
の前に差出しました、此時平八郎は思はず畳に両手を突きまして。
かたじけ
平『辱ない、実は五百両では、少し足りなからうと思つて居た処へ、貴
公が斯うして、百五十両出金をして呉れゝば六百五十両、夫れだけあれば
大丈夫ぢや、平八郎、厚くお礼を申す』
喜『左様に仰しやつて下すつては、却つてお恥かしう存じまます』
あらた わけあた
平『就ては此金子を更めて貴公の手から、窮民共へ頒与へて貰ひたいも
いろ/\ てかず
のぢや、尤も夫れには種々と手数もいたさねば相成ぬから、当月の末か、
或は二月早々に、難渋いたす者等に遣はす事になれば宜いのぢや』
喜『宜しうございます、白米を買つて其米を遣はすのは、却つて面倒で
もございますし、また非常に混雑を致さうかと存じますから、仮に一軒前
づゝ
に金子一朱宛として、まづ一万軒の者へ与へる事にいたしませう、唯今か
きつて
ら用意に取掛りまして、兎も角も一朱の金と引替へにする証券を拵へまし
まきちら
て、夫れを貧民共へ撒布して遣る事にいたしませう』
平『何さま夫れが宜しからう、其辺の事に一切貴公に一任いたすから、
や
万事都合よく行つて下さい』
かしこ したゝ
喜『畏まりましてございます、併し先生、其証券に認めまする文言の御
草稿を願はれますまいか』
平『ナニ夫れはどうでも宜いから、貴公が宜い様に書いて見て下さい』
喜『左様なれば一寸下書をして見ませう』
やが
平八郎の面前で、喜兵衛は筆を取上げ、軅て一枚の白紙へ書きましたる
文言は。
口 上
近年持続き米穀高直に付、困窮之人多く有之由にて、当時御隠退大塩
平八郎先生、御一分を以て、御所持之書籍類不残御売払被成、其代金
を以つて、困窮之家一軒前に付き金一朱づゝ、無急度都合家数一万軒
へ御施行有之候間、此書附御持参にて、左之名前之所へ早々御申請に
御越し可被成候
但し酉二月七日安堂寺町御堂すぢ南へ入東側
本会所へ七ツ時迄に御越可被成候
河内屋 喜兵衛
同 新次郎
同 紀一兵衛
同 茂兵衛
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その103
「大塩施行札」
「近年持続き」は
「近年打続き」が
正しい
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