Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.9.1

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その6

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第一席 (5)

管理人註
   

 其月の末にも小間久は出て参りませんので、ツイお勇も其儘にして置    うち          しま きます中に自分も其事を忘れて了ひました位でございます、処が其翌月 は七月で、孟蘭盆会でございますから、十三日の朝からお勇は大塩家の 菩提所、天満の東寺町、成正寺へ墓参りに出掛けて居りました。        かね  処が平八郎が予てお勇に預けて置きました刀の目貫がございます、其 の目貫が急に入用なので、お勇の帰つて来るまで待つて居られませんか       ど こ  しま            ひきだし ら、お勇が何方へ収つて置いたかと、手箪笥の抽斗だの、手箱を開けて        うち           つ 捜して居ります中に、フト目に注いたのが小間久の持つて来た鼈甲の櫛、     そしな 上包には廉品と書いて、折熨斗が附いてありますが、誰から贈つて来た                              かやう のか名前が書いてありません、平八郎は忽ち額に青筋を現はし、斯様な 品を誰から貰つたのか、今日まで黙つて居るとは、実に怪しからぬ次第 だと、腹を立てゝ居ります処へ、そんな事とは知らず、お寺からお勇が 戻つて参りました。                           あなた  よろし  『唯今戻りましてございます、成正寺の和尚さまも、貴郎に宜くと 仰しやつていましてございます』  と云つて平八郎の顔を見ると、常に違つて怖い顔をして居ります。    あなた ど う  『貴郎如何かなさいましたか』                              『イヤ、私は何とも致さんが、コレゆう、お前に限つて斯んな事を                          も の 致すまいと思つて居つたが、お前は誰の手から斯かる品物を貰つた』                         めさき  と云ひながら、今見附け出した鼈甲の櫛を、お勇の目前へ差出ました。    かね/゛\            ひ と  『予々塵一本、紙一枚たりとも、他人から物を貰ふ事はならん、何                      かまた■■べき筋あつて貰つたら、早速私に報らせるやうにと申し附け                                しま 置いたではないか、誰からかゝる賄賂を請取つた、サア真直に云つて了 へ』  大塩平八郎と云ふ人は、随分疳癪持で、俗に云ふ虫の悪い時に、何か                       ○ ○ 少しでも自分の気に適らぬ事があるとむら/\とむか腹を立てるのと、                           ぺき 一旦斯うと云ひ出した事は、立通さうと云ふのが此人の一癖だから、お           こう/\        よか 勇もハツと思たので、斯々だと委細を話せば宜つたのに、返答に行詰つ て。        こ れ  『アノ、此品はその……アノ此品は』  『アノ是とは何だ』  勇『アノ実は何でございます、先月でございましたが、京都の小間久 が参りまして』  と是れから其時の事を恐る/\物語りましたが、最初尋ねられた時返 答に躊躇したので平八郎は信用しません。  『久兵衛が置いて往つた、コレ勇、何の為めに久兵衛が、其品を置 いて帰るか、馬鹿な事を申せ』             こちら             とくい  『全くでございます、当家ばかりではなく、まだ他の花主先へも持       どうぞ つて行くから何卒受納をして呉れと申しました』  『ソゝ夫れが偽りの証拠だ、鼈甲の櫛と云へば、安くては購ふ事は 出来なからう、如何に花主を大切に思へばとて、高価の品物を贈与すべ き謂はれはない、尤も商人の事だから、年末と中元に、聊かの進物はせ ぬにも限らぬが、夫れにしても皆夫々平日買物の多寡に応じて、相当の 品を贈るのが当然の事でないか、小間久がまた、一旦其方が断つたもの を、黙つて置いて帰つたなどゝ、左様な辻褄の合ぬ事を申して、此平八   ごまか 郎を瞞着さうとしても、其手は喰はぬぞ』  『イエ決して私は、貴郎に嘘偽りは申しません』  『そんなら夫れに致しても、何故其後に斯様々々であつたと私に話 しをせぬのか、今日畢竟私の目にとまつて、尋ねたから左様な曖昧なる 事を申すのは、甚だ宜しくない』                            どうぞ  『ツイ失念をいたしまして、誠に申し訳がございません何卒御勘弁 をなすつて下さいまし』              かね/゛\    るす  『イゝヤ他の事と違ふ、予々私の不在中、如何なる事を申して何品 を持参いたすとも、貰ふ事は素より、預かり置く事も相成んと、堅く申 し附けてあるではないか、其れにも係はらず、斯様なる不正な事をいた          やしき したからは、モウ此邸宅に置く事は相成らん……』

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は不明文字
































 


『大塩平八郎』目次/その5/その7

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