いろ/\いひわけ
お勇に於きましても、種々弁解をいたしましたが、一旦言ひ出した事
は、何処までも立通すのが大塩平八郎の性質でございますから、遂にお
うち
勇は其日の中に般若寺村の橋本忠兵衛の処へ僕をして送らせて遣りまし
た、随分是れは酷な話しでございます、是れが七月の十三日の事で、其
翌日は盆節季でございますが、平八郎は役所へ出勤をいたし、例の刻限
ひ
に退けて戻つて参りますと、下婢のお竹と云ふのがお勇が居りませんか
ら平八郎の衣類や袴を畳んで居りましたが。
竹『旦那様、お留守中へ京の小間久が参りまして、お勇様にお目に掛
りたいと斯う申しましたので、私は何と申して宜しいか分りませんので、
今日は御親類へ入らつしやつて、お留守だと申しました』
平八郎は心中に、扨は例の賄賂の一件だなと思ひまして。
平『久兵衛が来た、彼れに別に払ふべき金は無い筈であるが、何の用
そち
があつて勇に逢ひに参つたのか、久兵衛は何か其方に云ひはしなかつた
か』
あ ほ か
竹『ハイ、彼の斯様に申されました、実は先日上つた時に、他家様か
らお戻しなつた鼈甲の櫛を忘れて帰りましたので、一寸奥様にお尋ね申
さうと思つて上りましたと、斯う申しますので、私は、跡の月に来て忘
れた品を、何故その儘で今日まで、黙つて居なさるのだと云つてやりま
した』
なか/\えら
平『ホホウ却々剛ひ事を云つたな、然うすると久し兵衛は何と云つた』
あのひと もつとも
竹『彼人は頭を掻きましても御正理でございます、実は初めツから御
つ
当家様で、忘れて帰つたと気が注きましたら、早速にお伺ひ申しますの
とくゐ
ですが、実は其時にお花主様方へ、見本として差上げます櫛を、沢山に
ど う
紙に包みましたが、其時に如何取違へましたものか、他家様からお戻し
づか
になりました鼈甲の櫛を、誤つて其包紙に包み込みまして、心注ずに居
どちら
りましたが、京都へ帰つてから気が附きましたが、何方様へ其櫛を間違
へて置き忘れましたのか、トンと分りませんので、今度盆の掛取に下り
まして、昨日からお花主方を、小口からお尋ね申して居りますが、何方
様でも皆差上げました櫛をお見せなさいまして、此通り間違つては居な
こちら そまつ
いと仰しやるので、フト心注きますと当家様へも、其節麁末の櫛を差上
げませうと、奥様へ申し上げました処が、奥様には何と申しても貰ふ事
は出来ない、旦那様がそんな事がお嫌ひだからと仰しやつて、お受下さ
しま
いませんので、其儘帰らうと荷物に収ひ込みましたが、イヤ/\折角差
つもり
上る心算で持つて来たのだから、黙つて置いて帰らうと存じまして、ま
そつ
た荷の中から別に取出しました紙包みの櫛を、窃とお座布団の下へ入れ
まして立帰りました、夫れがどうやら取違へました櫛であらうと存じま
ほ か こちら
したが、他家様と違ひまして、当家様へ手紙でそんな事を伺ふと云ふ事
も出来ませず、併しそんな事であつたら、お預かりなすつて下さるに違
ついで
ひないから、盆節季に下つた序にお伺ひ申せば宜いと存じまして、ツイ
うちやつ
今日まで打棄て置きましたが、奥様がお留守でございますのならお帰り
かう/\ そのうち
の節、久兵衛が、斯々申して帰つたと申し上げて呉れ、いづれ其中に伺
ふと申しました』
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