しやべ
と下女のお竹はベラ/\と喋舌り出して居る中に平八郎は、扨は然う
であつたか、夫れで様子が解つてと思ふに附けても、昨日お勇を追出し
たのは、少し短慮であつたなと後悔をしました、けれども今更自分の方
から、呼び戻すと云ふやうな事は致しません、此処が大塩平八郎の欠点
とでも申すのでございませう、其日は其儘でございましたが、翌日は盆
の十五日、地獄の釜の蓋も何とか申す位で、無論役所は休みでございま
しきじつ
す、此日は、中元と申しまして、昔は式日の中でございますから、平八
やしき
郎の邸宅などは随分礼者が沢山まゐりますが、大抵朝の中で、夕方にな
ると、モウ誰れも来る者はない、平八郎は前栽へ打水をさせまして、座
敷の椽端へ出て風を容れて居ります処へ、下女のお竹がまゐりまして。
竹『旦那様』
平『何ぢや』
こし
竹『橋本の旦那様が、どこのお女中でございますか、御一緒にお越な
されました』
いつしよ
平八郎は般若寺村の忠兵衛が、婦人と同伴に来たと云ふので不思議に
思ひながら。
平『忠兵衛殿が女を連れて来られたのか』
と
竹『左様でございます、お勇さまよりお年を老つたお方で……』
よ
平『此方へ二人共お通し申すが宜い』
やしき
唯今般若寺村の橋本忠兵衛が、大塩の邸宅へ同道して参りました女と
云ふのは、別人でもございません、此女は当時靭の油掛町と申す処に、
染物屋を渡世に致して居ります、通称更砂屋、美吉屋五郎兵衛の女房お
つねと申す者で、以前は曾根崎新地で芸妓の勤めをして居りまして、彼
あ ね けうだい
のお勇の為めには義姉でございます、そこでお勇とは義理の姉妹で、至
つて仲も睦まじくして居りました処が、今度お勇は思ひ掛けなくとも平
八郎の怒りに触れまして、仮の兄の家へ預けられました、そこでお勇か
し
ら早速其事をお常の方に報らせましたので、お常は直に忠兵衛方へ参り
いろ/\
まして、種々相談をしました、三人寄れば文殊の智恵、どういふ智恵を
わ び
絞り出したのか、今日はお勇の謝罪の為めに、忠兵衛と共に大塩の邸宅
へ来たのでございますが、平八郎に於きましても、素より此お常とは懇
意でございます。
平『サア此方へ、誰かと思つたらお常どんか、久しく逢はないが……
なか/\
サア忠兵衛殿此方へ、当年は却々厳しい暑さぢやが、家内誰もお障りは
おとつひ
ないかな、トキニ一昨日は飛んだ目迷惑を掛けて……』
忠『イヤ盆のお礼に上らうと思つて居りましたが、お勇の一件で……
実は此人もお勇の事に就て、昨日からモウ種々心配をして呉れて、今日
は斯うして一緒に来て、共にお詫をしやうと云つて、此人も来て呉れら
あなが あ れ
れました、実はお勇から委細の事を聞きましたが、今度の事は強ち彼女
あなた
が悪いとも私等は思はぬ、とサ斯う云ふとまた貴郎の気に障はるかも知
れないが……マア何だ、種々事情もお話し致したいが、先生、日頃の貴
郎の気質も能く存じて居るから、多くは何も云ひませぬ……お常さん持
つて来たものを先生に』
ふくさ
と云ひますので、お常は帯の間から、縮緬の帛紗に包んだものを取出
うか
しまして、平八郎の前に差出しましたが、両眼には涙を泛めて居ります。
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