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平八郎は、矩之允が断然たる言葉を聞いて、満面朱を灌ぎし如くにして、
憤り。
平『ナゝ何と申す、今一言云つて見よ』
矩『幾度にても申し上げます、悪きと知つてお諫めも致さぬは、之れ甚
だしき罪かと心得ます、昔より不義の企てを為したる者に、首尾よく成就
したる例はございませぬ』
平『ナニ、不義の企てとは何だ、イヤサ、不義とは何を以て不義と申す
か、正々堂々たる今度の挙を、不義なりとは無礼の一言、サア不義とは何
わ け
の理由を以て申すか』
と平八郎は今にも矩之允を、討果さんとする勢ひでございますから、隔
ての襖をガラリと開き、此処へ駈入つたるは大井正一郎と、他三四名の同
志者。
もつとも
正『先生、御立腹は一応御正理ではございますが、矩之允殿が即座に承
知をせられぬのも無理の無い処、まづ/\我々にお任せ下さいませ、コレ
サ矩之允殿、貴公もまた物事を能く考へずして、不義の企てなどゝ申さる
から、先生も御立腹なされたのだ……先生、矩之允殿は我々から、尚ほ此
度の挙を細かに物語りまして、屹度我党の一人に加へて見せませうから……
サゝ矩之允殿、篤と熟考をして返答をするが宜い、今川口から上陸した斗
りでは、心も落着いて居るまいから』
うち
と大井正一郎が説き付けて居りまする中に、大塩平八郎は其座を立去り
いろ\/
ました。其跡で正一郎其他の者が、矩之允を取囲みまして、種々に説付け、
味方に致さんと勧めますと、矩之允は。
おの\/
矩『甚だ失礼な事を申すやうぢやが、各 には大義名聞を、誤解しては
あなが
相成りませんぞ、先生が今回の挙は、強ち不良の企てゞはござるまいが、
拙者は到底成就せまいと思ひます』
矩之允は大塩の企ての、非なる点を挙げて議論を試みましたが、何分に
くわ とゞ
も多勢に無勢、寡は衆に敵し難く、所詮此処で今何と云つても、止まる気
遣ひはないと見て取つて、矩之允も意を決し、此上は我が一身を犠牲に供
し、大勢が死地に臨むが如き、無謀の企てを思ひ止まらせやうと思ひ、夫
れとなくに一同に向ひ。
おの\/
矩『拙者も 各 のお勧めに随ひ、一味に加はりませう、併し拙者は今度
つ
良之進と云ふ、一僕を召伴れて居りますから、彼れは未だ若年でもあり、
かれ
渠が郷里長崎を出立の砌に、両親より依頼を受けたる事もござれば、まづ
素知らぬ顔をして、良之進は彦根へ出立いたさせ、拙者は先生に御同意を
して、花々敷く立働ひて御覧に入れませう』
正『何様夫れも御正理、御家来をお帰しになつて、我々一味にお加はり
かたじ
下さるとは辱けない』
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その113
森 繁夫
「宇津木静区と
九霞楼」
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