Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.9.4

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その9

香川蓬洲

精華堂書店 1912

◇禁転載◇

第二席 (3)

管理人註
   

 『大塩の旦那、是れを御覧なすつて、何事も御了簡をなすつて下さ いまし』                               ふくさ  と跡は涙に掻き暮て居りますから、平八郎も変に思ひまして、其帛紗 包を取上げて解いて見ると、何やら白紙に包んである、何であるのかと 紙を取除けて見ると、女の切髪でございます、流石の大塩平八郎もギヨ ツトした、此髪の毛と云ふものは、髷でも結ふた処を見ると何とも思は ないが、扨切髪にした処を見ると、余り気持の宜いものではありません、 平八郎は其切髪と、忠兵衛、お常両人の顔を見て居りました、お常は涙 を拭ひながら。             あなた         あたら  『旦那様、妹のお勇は貴郎へ申訳の為めに、可惜黒髪を其通り切り                 か み           よく/\ ましてございます、女の身として頭毛を切ると云ふのは、モウ能々の事 と思召して、何卒何事も御勘弁をなすつて下さいまし』  傍から忠兵衛も口を添へまして。  『段々と容子を聞いて見ると、小間久とやらが最初に何かしらない が持つて来たのを、手にも触れずに返したのには違ひないさうで、夫れ から其男の帰つた跡で、紙に包んだものが座布団の下から出て来たので、       あらた 何であらうと検めて見た処が、鼈甲の櫛であつたから、小間久が来るの を待つて戻さうと思つて居る中に、ツイ失念をして了つたのを、一昨日 る す 不在中に貴郎の目に止まつて、夫れからの騒動、調べられた時に斯様/\ だと、明瞭と云へば宜かつたのに、ハツと思つたので其答へに行詰つた のを、却つて妙に疑はれ、何方からか鼻薬に貰つたのを、お勇が猫糞に                    ○ ○ ○ ○        いひわけ し でもして居ると思はれたので、いよ/\ドギマギとして、弁解も為そゝ くれたのだと云つて居ますのぢや、全く夫れに違ひなからうと私も思ひ ますし、また此お常さんも、日頃からお勇の気心を能く知つて居なさる                        おわび から、今日は兎も角も天満のお屋敷へ往つて、一ツ謝罪をして来やうが、 旦那の御気質も知つて居るから、何か一ツ規模が立たないと、ウムそん なら宜いとも仰しやるまいと、お常さんが云はれたのです、然うすると、 お勇は、其座を立つて往つたかと思ふと、惜気もなく黒髪を髷の根元か らソレ其通りプツゝリと切つて、持つて来た時には先生、私もこのお常      さんも、彼れが心根を察し、アゝ可哀さうに、今日は斯うして参つたの      たとへ ですから、仮令貴郎が何と仰しやらうとも、其切髪と、また私やこのお                   もと/\ 常さんに免じて、一番勘弁をしてお勇を復旧にして下さいまし』  忠兵衛とお常の両人が熱心に頼み込みました、平八郎も其実は、自分 の短慮を顧みて、後悔して居る処でございましたから、暫らく無言で考 へて居りました。           わ び                   いひわけ  女が黒髪を切つて謝罪をすると云ふのは、男子が坊主になつて弁解を      てう するのと、恰ど同じやうなものでございます、併し当今は男が坊主にな るのは、伸びた爪を切るやうなもので何でもありませんが、昔は決して 然うではない。      あに                 あひて  『オイ哥い、寅の野郎、喧嘩をしやアがつて、敵手の頭を叩き割や アがつたさうだが、向ふにも荒神様が附いて居らア、まさか其儘ぢや済                しけへし むめへと思つて居たが、ねつから復讐の喧嘩もおツ始まらねへぢやねへ か』             めへ            うめがしら  『知れた事よ、寅はお前、頭を剃りやアがつたから梅頭だつて勘弁   を為やうぢやねへか』  『フーン、野郎坊主になりやアがつた』              いひわけ         わ び  なんて少々むづかしい事の弁解でも、坊主になつて謝罪をすれば納ま つたものでございます、女だつて此黒髪を切つて謝罪をすると云ふのは 容易の事では無い、其髪を切つて謝罪をしましたのだに依つて、平八郎          かつ               もと/\     せう も其心根をを察し、且は忠兵衛なりお常の顔を立てゝ、以前の通り妾と                                 して、屋敷内の離れ座敷に住まはせる事にいたしました、尤もこれは不 在中へ小間物屋久兵衛が出て参り、下婢のお竹に委細の話しをして帰り ましたので、平八郎も自分の短慮を後悔して居た処でございますから、    たやす 一ツは容易く事が納つたのでございます、お勇は大塩の屋敷へ立帰りま したが、何分にも毛を切つたので、当分は髪を結ふ事が出来ない、そこ で始終離屋敷にのみ居りまして、母屋に用のある時には、頭へ手拭ひを 冠つて出て来る事にして居りました……。



石崎東国
『大塩平八郎伝』
 その41


『大塩平八郎』目次/その8/その10

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