Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.2.23

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎の再生」
その3

川島文郎

『戦争によつてのみ貧乏人は救はれる』
(新興戦争文学集) 天人社  1931 所収

◇禁転載◇

第一幕 (2) 管理人註
  

  舞台、百姓の一の死屍を横へたまゝ、数秒空虚。死屍を嗅ぎつけた烏  の声。   潯州府役人李公儀、金利述、二人の人夫を伴れて話しながら登場。人  夫二人共柄長の熊手を担ぎ、油罐を提げてゐる。 公儀 毎日々々死人の始末も飽いたのう。 利述 愚図々々してゐれば、吾々まで斃れるぞ。 公儀 (百姓の一の死屍を見付けて狼狽しながら人夫を叱咤する。)早く  早く片付けてしまへ!   公儀、利述、死屍から遠退く。人夫互に顔を見合せてゐる。 利述 早くせんか! 公儀 油を掛けて、柴を積んで、焼くのじや!   人夫、黙々として死屍を熊手で掻き寄せて行く。 公儀 やれ\/。寿命が縮まるのう。 利述 (力なく笑ふ)ハハ……役人が嫌になる。と云つて役人を止せば忽  ち餓死の仲間入りだ。それもこれも皆んな政府に力がないからだ。打ち  続く四年の饑饉に餓死する百姓の一人をさへ救ふ力がないのだ。(天の  一方を見詰めて)不思議だ!僕は不思議で仕方がない。 公儀 (窺ふやうに)何が不思議なのだ? 利述 何か、もつと恐ろしいことが起きて来るやうな気がするのだ。道光  二十七年の洪水、それから続いて二十八年の洪水の時にもそう思つた。  百姓にはたべるものがない。木の葉、草の根、目に触れるものは総てを  たべてしまつた。けれども、餓死する百姓は日毎にふへて行つた。死屍  は河原の石ころとその数を競ふやうに転つてゐた。猫を殺し、犬を殺し、  鼠をまで喰つた。けれども、政府は只傍観してゐるだけだつた。僕は全  く恐ろしかつた。餓えた百姓が一時に蜂起するのではないか?斯う思ふ  と、夜も安心して寝てゐられなかつた。けれども、何事もなく済んだ。  僕は地獄から救はれたやうにホツとした。二十九年を迎へた。去年の夏  だ。また洪水だ。饑饉だ!……百姓が蜂起する。役人が一番先に殺され  る。斯う思ふと、僕は安心して歩くことも出来なかつた。けれども、何  事も起らなかつた。 公儀 それは……。 利述 (抑へるやうに)いや! 今年こそきつと起きる。僕は、どうもそ  う思へてならんのだ。だのに、まだその噂さへ聞かない。不思議だ!   僕は不思議に堪へないのだ?   人夫二人、死屍を片付けて帰つて来る。利述、その足音を背後に聞い  て、ドキツとして振り返る。 人夫の一 死屍を仕末して参りました。 人夫の二 仰せの通りにして火を掛けて参りました。 公儀 御苦労々々々。では、もう少し廻ることにしようかのう。   百姓の二、わめきつゝ馳けて来る。 百姓の二 施米だ! 施米だ! 炊き出しだ!   上手下手より餓えたる百姓の男女多勢登場。 多勢の一 何処だ? 何処だ? 同 二  炊き出しは何処だ? 同 三 (公儀の前へ出て)おありがとう御座います。昨日から一椀も頂  きませんので……おありがとう御座います。 同 四 早くたべさせてくれ。   群集は、公儀と利述とを施米者と間違へて、二人を囲んで喧々諤々の  騒ぎを始める。二人は為す術もなくウロ/\する。 百姓の二 (大きな石の上へ立つて)静まれ! 静まれ!   群集、稍静まる。 百姓の二 韋昌輝大人の邸へ行くんだ。鵬化山の洪大人のお施米だ。早く  行つてたべて来い。麦一万俵、米六千俵だ!   群集、ワーツと喚声をあげる。「洪大人」「洪大人」と口々に呼号し  ながら、雪崩れのやうに退場して行く。 利述 (ホツとして百姓の二を呼び止める)これ/\一寸待て。 百姓の二 何か御用ですか。 利述 (威厳を出して)少し尋ねたいことがある。 百姓の二 ヘイ。 利述 韋昌輝とは何者だ? 百姓の二 韋昌輝大人は金田村の豪士でげす。 利述 ウン豪士(一寸うなづいて)それから洪大人とは何者だ? 百姓の二 鵬化山の新しい神様でげす。 利述 神様? 百姓の二 ヘイ、新しい神様で御座んす!ハイ、御免なさい!   百姓の二、わめきつゝ退場。利述、呼び留めやうとするが遅い。「施  米だ! 施米だ! 炊き出しだ!」と呼ぶ声、だん/\遠くなる。暴徒  続々と公儀、利述の前をわめきつゝ馳け抜けて行く。 利述 (太息を吐いて)大変なことになつた。僕の想像が適中したんだ。  あの暴徒が、清朝政府へ押し寄せて行くぞ。その門出に潯州府を陥れる  に違ひない。あゝ、僕達は暴徒の為めに殺されてしまふんだ(泣く) 公儀 (ウロ/\して)ぢや、斯ふしちアゐられん。注進じア、注進じア  ! 顧元ト知事へ注進じや! 公儀 さうだ、早く兵士を出して貰ふんじア。暴徒を召し捕つて貰ふんじ  ア! 利述 それとも早く役人を止めたが安全か、そしてあいつ等と一所になつ  たがいゝのか? あゝ   ……幕

石崎東国
「大塩平八郎−太
平天国の建設者
大塩格之助−
 


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