客冬貴簡被投拝見仕候、先以春禧御同慶申展候、□候万福可被成
御迎陽抃賀奉存候、頑老亦無事、又加一齢、御放意被下度候、然
者御草稿冊子蒙示、反覆拝覧仕候処、二篇共命意的実可議之條不
相見候、江西翁真蹟跋致良知帰於一孝字之説、尤着実を覚申候、
空虚聚語序虚有死活、亦昔儒未発之言、致敬服候、但責備候へハ
文頗英邁激切に過きて温順和平之意を欠キ、或ハ虚心之障碍を成
しハ致す間敷哉と存候斗に候、併老夫抔も御同然にて、文字兎角
過激に相成候弊有之、時々自驕候得共扨々思ふ様に参兼々、畢竟
之所一ツハ人々之稟賦にも依り候もの歟、強而虚飾すへきに非す
とも被存候、如何可有之哉、尚御一考可被下候、其余何ソ愚意可
申述之條無御座候、抑又老夫事近来余り文字之小疵瑕を諭し不申
候、文章ハ命意之所第一に可有之候、大意達し候へハ夫にて文之
用ハ済申すものと被存候、高文なとも小疵之所ハ御自身に而一段
整頓を御加へ被成候へハ宜敷御事と存候、先其儘返完仕候、
○御紙上嫌疑なと御避被成候義更無之と被仰越候処、畢竟自信明
白之御心事故、左様も可有之哉、愚意にハ全ク避嫌無之を可トモ
不被存候、尤利害経営之念頭より起り候嫌疑ハ私心にして云ふに
足らす候得共、季世に処し候には多少之周旋を加へ不申候而ハ、
物事完成不致候事許多有之哉と存候、左候へハ避嫌も亦敬慎之事
歟と被存候、如何可有之哉、尚致折中候、
○高著大学刮目により拙序をも御加被成度等之御紙上承知仕候、
兼而より高著及申候事故、いつれ拝見仕度渇望に堪す候、然処拙
序之義ハ御無用被下度候、子細ハ高著未経一覧候得共、必定愚意
　　　　　　(衍カ)
にも符し可申候へ、善キ事は善しと申さねハ不相成候、然処拙老
事御承知之通林家を羽翼いたし候場所に居候へハ、所謂避嫌許多
有之候、自分之事ハ兎も角もに候得共、林家之学と異同を立候様
に相成、林氏之為に不宜候間、上木ものなとに姚学めきたる事ハ
致遠慮候、尤自己限り之私淑、心身実事其趣ありと申すハ、畢竟
人々之得力処にて、何之嫌疑無之候得共、公然ト難唱次第有之候、
依而は拙序甚六ケ敷に付兼而及御断申候、抑又貴君に於而は少し
も避嫌無之候間、公然ト被成候而も不苦事ト存候、此任ハ貴君え
御譲申候事に御座候、究竟紙上に而ハ難尽、御推商被下度候、
○去年湖西へ御越之件、如何様にも爰元大溝藩より逐一致伝承候、
上下共に推服致し候趣、於拙本懐之至に存候、小川書院御寄蔵典
籍之事是亦伝承仕候、
○大学旁釈御手ら入候よし被仰示承知仕候、扨漢土古今典籍大抵
無所不貢入候内に如何して歟余姚大学斗ハ当今迄渡来不致、不審
千万之事に候、然る処今日に至り始而齎来候も亦一奇事と存候、
此書文政甲申清商始而持渡、拙も写本所持罷在候、近年函海中に
も収入有之候、扨又南元善旧本伝習録陽明武機捷録なとも所蔵候
得共、書写容易に至し兼候間、貴君御東遊を待御示し可申と含居
申候、右等拝復迄布字如是御座候、余期後鴻候、不尽、
　　洗心洞主君

本書は儒門空虚聚語の草稿を一斎に示したる時の返書なり、
原文改竄塗抹の跡多く、恐くは草稿なるべし、平八郎が藤
樹書院を訪ひたるは天保三年六月なれば、本文中去年湖西
へ御越の件云々とあるよりして推して、或は本書を以て天
保四年正月と認むべきが如しと雖も、(八)を天保四年七月
とすれば、本書は其以後のものたること疑ふべき余地なく、
空虚聚語に天保四年十二月の自序あると、本書冒頭に客冬
実　被投云々とあるより見れば、天保五年正月のものなら
ん、従つて平八郎の湖西往訪の必ずしも一回にあらざるを
知るなり、