幕府は天保十二年十二月十三日の町触で、菱垣廻船積問屋共は
従来年々金一万二百両づゝを上納し来たつたが問屋共に不正の趣
も聞えるから以来上納に及ばず、尤も以来右仲間株札は勿論、そ
の外都べて問屋仲間并びに組合などゝ唱へてはならぬ。就いては
右船に積来つた諸品は勿論、都べて何国より出づる何品でも、素
人直売買勝手次第である。且又諸家国産類その外惣じて江戸表へ
相廻した品々も、問屋に限らず、銘々出入の者共にて引請け売捌
くことも勝手次第であると令した。
翌年三月二日には、旧冬の令を誤解し、問屋商売は勝手である
所から、矢張り問屋といふ名目を存し、従つて組合を解かず、同
商売の内で下直に売買し、または素人で荷物を引受ける者に故障
を入れるものある由、よつて自今組合仲間または問屋と唱へる儀
は一切廃止し、油商は油屋、炭商は炭屋とのみ唱へよ。売方も仲
買へ卸すばかりでなく、小売を専らにせよ。品払底の節は卸方は
見合はせても、小売は差支なきやうにせよ。また仲買の者共謀し
て卸方より小売の方の直段を高直にしてはならぬ。旧冬の触書を
誤解し、十組(菱垣廻船積問屋)以外は構ひなしといふものある
由、十組以外でも株札・問屋・仲間・組合杯と唱へては決して相
成らぬ。是迄冥加として納めた無代納物・無賃人足・川浚・駈付
等は都べて差免すから、銘々正路に売買せよ。追々同商売の者が
出来ても決して故障を入れてはならぬ。品物を手前に買取つて追々
に売出すのは勝手次第であるが、然し他国へ前金等をやつて、買
留め、積送を見合はさせ、其処へ囲置くことは占売にあたる不正
の筋であるからそれは相成らぬ。湯屋髪結の類は諸色直段にかゝ
はらぬ故に、組合仲間停止の儀は沙汰をしなかつた所、同商売の
内で賃銭を引下げたものに対し、組合から故障を入れることは不
埒である。よつて右両商売の分も株札は勿論、組合仲間と唱へる
ことは停止すると令した。
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