元来株仲間を解いたのは営業の自由によつて商品を豊富にし、
直段を引下げるといふ趣意であつた。それであるから独り町人の
株仲間を解くのみならず、中国・西国・四国筋の領主地頭が自国
の産物はいふに及ばず、手を廻して他国の産物を買集め、これを
蔵物として売捌き、或は領主の権威を以て他の売買に故障を申込
み、或は謂なく他所の者から冥加金をとることなどを厳に禁じ、
若し旧習に泥んでその弊を改めぬなら急度沙汰に及ぶとまでいつ
て居る。その外直待といつて船頭が荷物を売らず、高直の出るの
を待つことを禁じてゐる。道理千万といふべきだ。町人の株仲間
が利益を独占するのを攻撃するなら、船頭の不正、大名の不正も
矯正すべきで、これ等は至極結構である。然し果して大名を拘束
して本令を遵守せしめるだけの実力が当時幕府にあつたか、甚だ
覚束なく感ぜられる。
日用品の安価だけでは人民の生活が安定したとはいへない。地
代・店賃・職人の賃銀・借金質物の利息等も安くなつてくれなけ
ればいかぬ。幕府は勿論これを希望してゐる。地代店賃について
は寛政度の調査を標準とし、若し当時の書類が無ければ隣町又は
同じ格の場所に見合はせて取極めよといつて居る。何故寛政度を
標準としなければならぬか。十三年七月の申渡に、土地の盛衰に
より地代店賃に高下のあるのは勿論であるが、市内一般に追々引
上げ、殊に近来謂なく格別に引上げた場所がある。身軽のものの
難儀は勿論、諸色直段にも影響する。既に先般町入用の減省を申
付けた上は、地代店賃もこれに準じて引下げよ。地主の身分にと
つては、多少手取金が減じても家業を失ふといふ程ではなからう
が、地借店借にとつてはそれだけ生活が為し易くなる訳であるか
ら、これ等の趣をよく\/弁へて御趣意を有難く存ぜよとありま
す。町入用の減省といふ外に地代店賃を安くすべき直接の原因は
ない。なるほど本年三月に寛政度町法改正申渡書を一冊づゝ町々
に渡し、本書記載の各條を遵守せよ、若し町役人の手限で町人用
を減ずることが出来なければ奉行所に申立てよ。取調の上減少の
出来るやうに致し遺はすと申渡してゐる。町入用は土地家屋を有
するものゝ負担である。これを減ずることが出来たとしても、ど
れだけ地代店賃に影響するであらうか。地代店賃は地主家主の負
担から割出したものではない。然らば町入用の減少によつて地代
店賃の引下を望むは所謂二階から目薬で、及びもつかぬこととい
はねばならぬ。
職人の手間賃や人足賃の引下を諭した触書(十三年四月)に、
地代店賃を引下げるに従ひ、商品は勿論、諸職人手間賃人足賃に
至る迄引下ぐべき道理である。地代店賃を引下げた上は、手間賃
人足賃も同様の振合に立戻れとある。地代店賃の高下に従ひ、商
品の価格や賃銀が高下するとは受取れない議論である。物価書上
に車力の賃銭直下の届書がありますが、それがやつと五分引です。
これとても止むを得ず五分引を届出でたので、本当に賃銭が安く
なつたものとは考へられません。
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