貸借の利率も今迄は一割半であつたが、以来は二十五両一分
(年一割二分)にせよといふ高圧的の命令が十三年九月に出た。
それから十二月になつて質物の利息は元禄の規定に比べて大体二
割五分下に致すべき由、本年三月質屋共より申立てた所、世上一
般の利子が一割二分となつた以上、質屋の利子も今一段引下ぐべ
しとあつて、銭質は元禄の半額、その他も半額前後に制限せられ
た。これによつて質屋は驚いて店を閉めてしまふ。丁度年末で質
物の入替の頻繁の折柄だから、質置主は途方にくれる。喧々囂々
たる有様で手の附けやうがない。已むを得ず翌十四年二月と七月
とに本令を改正し、当分元禄度以来の振合に倣へといふことで落
着となり、幕府はすつかり面目玉を踏潰してしまつた。
地代・店賃・賃銀・金利・質利の利下は皆失敗に了つた。縦令
失敗に了らぬまでも大した効果は得られなかつた。株仲間解放の
結果も亦同様であつた。
【大阪日雇賃金直上の口上書 略】
(一)江戸大阪間の荷物の輸送が不円滑になつた。海上が無事で
あれば兎に角、若し難破した場合には誰が精算勘定をするか、ま
た勘定した所でどうそれを分担するか。甚だ不明瞭である。十三
年三月付諸色掛名主・市中取締掛名主一同の上書に、大阪商人共
は送荷物積下し方、江戸商人共は仕入荷物注文荷物積取方を差当
り懸念してゐる。万一双方の懸念から諸色品切となつては大変で
あるから、大阪兵庫から御当地品川迄の湊々、その外浦々にて難
破漂着の時の取締を充分にして貰ひたいとある。道理千万なこと
です。そこで六月になつて仕入荷物も送荷物も江戸大阪両損とい
ふ沙汰があつたが、難破船の検査に関しては是迄之通据置かると
あるだけで甚だ要領を得ない。株仲間の解放は商品の輸送を妨げ
たとはいへるが、これを盛大ならしめたとは到底考へられません。
物資の豊富による諸色直段引下の理想は先づこれで破れた。
(二)何人でも営業勝手次第といつた所で、容易に営業しかねる
業務がある。例へば札差や両替屋の如きは巨額の資本と信用とが
必要である。素人が開業したとてどうにもならぬ。折角営業の自
由は与へられながら、その自由は一向役に立たぬ。また素人が直
に従事し得るやうな営業では、旧来の商人は手を縮め、新規の商
人は無暗に発展を心掛け、商品輪送の不円滑と相俟つて商品の分
配が平均を失ひ、価格の乱高下が生じた。
(三)株の価がなくなつたから、株で金銀を融通することは将来
絶対に不可能となつた。家質で融通しようとすれば、高い金利を
払つて安い地代店賃を収めることになる。高い利子に追倒されて
結局家屋敷を流せば、取つた方で困る。株解放は金融の渋滞を生
じた。
(四)質屋・古手屋・古金古道具屋の類は、仲間組合の立つて居
ることが、保安警察の意味で必要であつた。仲間組織が崩れると
紛失品盗難品の通知が不行届となり、警察上の取締が充分に出来
なくなつた。
天保の改革では驕奢を喧しく禁じて居る。衣服・装飾品・玩弄
品・食料品・家屋の造作を制限し、芝居・寄席・遊廓等の人気商
売を厳重に取締つた。それだけでも不景気風を招くに充分である
所へ、株仲間の解放が加はつたのであるから、市民の間に怨嗟の
声の高かつたのは無理もない。
さしもの大改革も首脳者水野越前守が天保十四年九月に免官と
なつたので崩れてしまつた。越前守免官後、幕府は御取締御改正
筋は決して弛まざるやうにと達して居るが、それはたゞ法文の上
だけのことである。
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