Я[大塩の乱 資料館]Я
2009.9.21

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「大塩の乱関係論文集」目次


『江戸と大阪』
その92

幸田成友著(1873〜1954)

冨山房 1942 増補版

◇禁転載◇


 第五 金 融
  一 両替屋 (8)
管理人註

内部の組織 別家

 両替屋の内部の組織は大体において同一である。一番下が丁椎 で、十歳乃至十二歳の子供を雇入れる。大抵別家の子供を雇入れ るが、別家の子供の不足の場合には他からも雇入れる。別家の子 供ならば請状を要しないが、他から来る場合には請状を取る。ま た雇入れるには、別家の子は別であるが、他家のものならば長男 を好まない。相当使へるやうになつた時、家相続のためと称して 暇を請はれては、断わることが出来ない。それでは折角仕込んだ のが無駄になるからです。また中年者即ち相当の年輩に達して居 るものは雇ふ方で避けた。中年になつて奉公するやうではいずれ 何か事情があらうといふ懸念からです。丁稚は始め台所の子供と                            カツパ いつて、煙草盆やお茶の世話、主人の送迎等をする。頭髪を水童 (お椀ともいふ)のやうにしてゐますから、小僧とも坊主とも呼ば れる。一二年の後即ち十三四歳から店の子供になる。十六七歳に なると平前髪となり、角前髪なり、次ぎに元服して手代となる。 平前髪以前は銀手形の取付に従事する。銀手形は両替屋同士のも ので、帳簿尻決済のために用ひられるに過ぎないから、途中で紛 失しても正金に引換へられる恐がない。従つて銀手形の取付は誰 でも出来るが、平前髪以後は金手形を取付ける。金手形の取付は 正金に引換へるのであるから、貨幣の真贋を判別する必要がある。 これは急には出来ない。再三贋金を握んで自然に覚えるのである。 元服後は振場役といつて取引先から預入れる現金や手形を取扱ふ。 それから天秤方に進んで現金の出納を掌り、相場役となつて日々 北浜の会所へ通ひ、また帳合方となつて現金と帳簿との引合をす る。帳合方の上は支配人で、支配人は営業上の事務を総理する。 尚その上に老分といつて主要な事務の相談に与るものがある。

     小僧が他の両替屋へ金手形を持つて使に行く時に、先方の 店員が「数だけ」か「改め」かと聞く。「数だけ」といへば 金子の員数だけを数へるので、その真贋については小僧に責 任がない。然し数だけといふことは、木偶坊待遇を自ら承認 する訳で、小僧にとつては恥辱であるから「改め」だと答へ る。すると渡される金子に二三枚の贋物を入れられる。不慣 の小僧にこれがわかる筈はない。小僧は帰つて番頭に散々叱 られ、恥を忍んで先の両替屋へ行つて交換を頼む。すると先 方の店員は「改め」だから引換は出来ないといふ。帰つてく ればまた番頭に叱られる。小僧は先方の店頭で号泣歎願、や つと替へて貰ふ。こんな風にして貨幣の真贋を判別する力を 自ら養ふのである。但しこれは双方の両替屋に予め諒解があ つて、小僧に実物教育を施すのであることはいふまでもない。

 店の大小によつて奉公人の人員に相違があるのは申す迄もあり ませんが、十人両替の加島屋作五郎方は店員凡そ三十名、その半 数は丁稚であつたといひます。また江戸の為替御用達三井治郎右 衛門方の天保十五年の人別帳に「店支配人孝兵衛辰三十二歳、外 召仕二十三人、但通勤之分相除申候」とあります。  役々の順序や別家の制度については家々で相違がありますが、 兎に角丁椎に出てから二十年もたつて漸く別家となる。この間の 辛苦は一通りのものでない。それを忍ぶのは、別家の待遇が結構 だからです。別家になると自分は別に家を持つて日々主家に通勤 する。別家は自分の家の一切の費用は主家から支給せられ、店の 利益の何分かの配当を受ける。中には蔵屋敷に出入して扶持を貰 ふものもあつた。加之自分の子供も亦主家に奉公する。その子が 壮健で真面目に勤め、段々に昇進してくれゝばよいが、万一途中 で失敗したり、病死したりするやうなことがあれば、店にゐる何 人かを養子として家を嗣がせる。全然武家同様で、従つて主従の 義理が非常に堅かつた。尤も別家をしても必ずしも主人の家に通 勤するとは限らない。中には資本金の融通、得意先の分配等を受 けて独立するものもあるが、子々孫々に至るまで主従の義理は絶 えない。主家と同じ尾号を染めた暖簾を店頭にかゝげる。その営 業は主家と同様なるもあり、或は仲間の規約によつて同一業を営 み得ないものもあつた。前者の場合において、仲間加入の紹介は 勿論主人がしてくれ、加入料も一般加入者より割引になつてゐる。 別家の中で勤労の著しいものを親類並といふ。親類並になると、 主家に吉凶何事かあつた場合主家の親類の末席に座わる。  【別家証文 略】

 


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