こゝに米切手が如何なるものであるかを説明したい。米切手は
通例西ノ内・仙花の如き紙を縦に三分したものを用ゐる。縦一尺
二三分、横四寸五六分ある。稀には全紙を四分したものもある。
切手面には第一に俵数を掲げ、次ぎに切手引替に右の俵数を交付
すべき旨を記し、最後に何蔵と記載してある。
切手面の俵数は蔵により相違がある。二十俵・二十五俵・三十
俵色々ですが、一枚で十石を代表することは皆同じで、俵数の相
違は単に一俵の中身の相違に基づけるに過ぎない。「懐宝永代蔵」
と申す小本を見ると、各地方の一俵の中身が分ります。どうして
かういふ相違が起つたか。租税の取立方、運搬上の都合等その原
因は種々あることと思ひます。切手の本文も亦蔵々によつて相違
してゐる。「右可 相渡 也」と簡単に記したのもあれば、「右切
過候はゞ可 為 反古 、水火之難不 存候、已上」と叮寧を極めた
のもある。切といふのは保管期限の意味で、一定の保管期限を経
過せばこの預証は無效であるといふ意、また水火の難は存ぜずと
は、万一保管中の米穀に水火の難があつても弁償の責に任ぜずと
の意である。それから最後の何蔵とあるのは、いふ迄もなく切手
発行者たる蔵名前です。以上三項は如何なる米切手にも記載せら
れる事項ですが、尚買手の屋号氏名、買入の月日、米の産出年度、
切手の番号等を記入したものもある。紙面に大小数種の印影のあ
るのと、切手面の文字に特異の字体を用ひてあるのとは、何れも
贋造を防ぐの意に出たものである。
蔵米を蔵屋敷より買得る資格のあるのは米仲買に限つてゐる。
併し多数の米仲買が各蔵の蔵米を随意に買得るのではない。蔵々
により自ら出入の仲買が一定してゐる。これを蔵名前と称し、一
種の特権です。故に某蔵の蔵名前を有しない米仲買が、その蔵米
を買入れようとする時は、他の仲買から蔵名前を借用するのです。
蔵米の売買は一切入札で、相対売買といふことはない。入札払
米の時期は蔵米廻着の時期により自ら相違がある。西国米は八・
九・十月頃から新穀を売始め、北国米は概して翌春三・四月頃か
ら入札を行ふ。
蔵屋敷で払米を行はんとする時は左の如き看板を払米場所へ出
す。
一米何千俵 何国蔵
右代銀敷銀例之通 何屋何兵衛掛
月 日 | |
この看板に見える何屋何兵衛は該蔵屋敷の銀掛屋です。敷銀とい
ふのは保証銀の意味で、筑前・薩摩は百石につき銀三百目、その
他は二百目であつて落札の翌日持参するのが通例ですが、石数の
多い時は宵敷と称し当日に敷銀を取立てることもある。代理は落
札当日より八日目に納めるもあり、十日目に納めるのもあつて一
定してゐない。
払米看板が出た時、買入希望の仲買は俵数代価を半切紙に認め、
上封をなし、正米相場の引方頃即ち今の時間で十二時前払米場所
に持参し、入札番号を聴届けて帰る。これは入札直段が同一であ
つた場合、入札時間の遅速によつて落札者を決定するからである。
開札は午後二時頃から始り、落札者の屋号・名前・俵数・代銀等
を公示する。米高は最初の看板高にかゝはらず蔵屋敷の都合で増
減することが出来る。落札の公示があつた時は、落札者は印形持
参の上、石数及び落札直段を記入した蔵屋敷の帳簿に捺印し、買
請の事実を承認し、翌日敷銀を納める。若し敷銀を納めない時は
屋敷はその落札を無效とし、尚蔵名前を取消す、即ち将来の入札
権を剥奪する。これを板獄門といふ。板獄門にかゝるのは仲買の
最も恥辱とする所で、その文句は左の通りである。
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