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2001.8.11修正
2001.8.8

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大塩の乱関係論文集目次


「徳川幕府の法制と裁判所の構成」
その9

小山松吉 (1869−1948)

『名判官物語』 中央公論社 1941 より


禁転載

適宜改行しています。


        民刑訴訟手続概要
    

 徳川時代の訴訟上の用語には、今日の観念では理解し難き文詞が多いから、名判官の事蹟を記述するに先だち必要とする事項を解説しよう。

 訴訟といふ文字は多くの場合に於て訴又は請願等の一方的行為をいふのであつて、原被両造の相対する場合即ち訴訟関係の生じた場合は之を公事と称した。公事は又出入ともいつた。

 公事には本公事と金公事との二種がある、本公事とは質地、作徳、買預米、預金、給金等の如き主として利息の生ぜざる金穀物品の訴訟をいひ、金公事とは売掛代金、持参金、手附金、立替金等の如き遅滞の場合に利息の生ずべき金銭上の訴訟をいふのである、以上は民事の訴訟である。

 刑事訴訟に関する審理を吟味物と称した、文書に公事吟味物とあるのは民刑の訴訟といふことである。

 越訴と称するものがあつた。所轄裁判所に非ざる裁判所に訴ふるか、又は規定の順序を経ずして上司に訴ふるのをいうのである、又筋違の願とも称した。原則としては之を受理しないのであつて、且つ之を為した者に対し相当の処罰規定もあるのであるが、幕府の役人は巧妙に之を処理していた。

 越訴と看做されたものは左の如きものである。

    直 訴将軍又は領主に直接に訴ふるもの。
    駕籠訴老中などに対し、途中にて訴ふるもの。
    駈込訴所轄庁に訴へずして、評定所又は奉行所或は老中の邸宅などへ、直接に走り込みて訴ふるもの。(途中走らずとも門前より駈け込むことを必要とする)
    強訴徒党を結びて多数にて訴ふるもの。
    門訴多人数にて領主代官などの門前に押寄せ訴ふるもの。
 右の越訴は違法であるから、之を受理する必要はないけれども、之を受けた役人が何か仔細のある訴であると思ふと、家来に命じて一応縄を打たせてその者を連れ来り懇に取調をするのである から、徳川時代に循吏と称せられた人に対しては直訴、駕籠訴、駈込訴が多くあつた。  再訴又は再吟味願は一旦却下せられた事件を再び提出するのであるから、多くは受理されないけれども、その理由のありと思はるヽものは之を許して再び処理した。

 訴訟人といふのは原告のことで、被告を相手方と称した。訴訟の関係人が老幼病者なるときは差添人(介添人ともいふ)を許可した。又出廷者は必ず名主五人組等と同伴することを要した。

 法廷の座席は身分によりて侍遇に差別があつた、士分以上又は神官、僧侶、検校等は板敷に坐し、平民は白州に坐するのである。

 訴状は之を目安と称した、裁判所が目安を受理し相手方を呼び出すには差紙を以てした、差紙とは名差にて出頭を命ずる召喚状である。別に呼出状といふものがある、呼出状は寛大の処遇をする場合に出すのである。差紙の文言は左の如きものである。

    尋儀有之間、早々罷出可相届若於不参可為曲事もの也。
右の外に日時を指定したもの、又は村役人同道などと記したものもある。

呼出状には寛保二年のものに、左の如きものがある。

    名主又は主人親兄弟を相手取候出入は、裏書差紙不遣呼出遣す。
之に依るも、差紙を遣はさず呼び出したのは恩典であることが分る。(裏書差紙とは、差紙の裏に奉行などの記名捺印あるものをいふ。)  訴訟関係人の法廷における口述の手記を口書といふ、但し士分以上神官僧侶等の分は口上書と称した。  犯罪人を訴へ出るを告訴と称し、告発という文詞はなかつた。幕府は賞を懸けて他人の罪を告げしむる方法を認めたが、それは放火犯と耶蘇教徒のことに限る、時には酒麹の密造を告げしめて賞を与えたこともある。軽徴の犯罪の場合は五人組の者にて訓戒して処分し、それにても効なきときは官に申告せしめた。(経済録)

 
 


参考サイト
大平祐一「近世の非合法的訴訟(五)−駕籠訴・駆込訴を素材として−」 (立命館法学 1996年6号)
 (立命館大学法学部&法学研究科知識ベースサーバー内)


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