Я[大塩の乱 資料館]Я
2018.5.30

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「大塩の乱関係論文集」目次


「矢部駿州と鳥居甲斐」
 その3
栗本鋤雲 (1822−1897)

『匏庵遺稿』所収 裳華書房 1900

◇禁転載◇

 管理人註
  

嘗て直夜に中り寒気甚しかりしかば、老輩矢部に頤指し、熱粥を作らしむ、粥は 衆儕輩が晩餉の余を行厨より集め混合して作り、熱に乗して椀に盛り、恭しく 之を進むる事にて、其賤陋なる言ふ計りなきも、故輩坐なから傲然として受て、 恠まず、稍々意の如くならざれば、人前に罵責を加ふ、其辱殆んど堪ゆべからず、 矢部心窃かに之を恚り、故さらに灯盞を傾け、油を粥中に注き、撹せ知らざるを 為して之を供せしかば、故輩餐なる舌を鼓して、矢部か調理を試んと戯れなか ら箸を執り、或は喫し、或は未た喫せすして、嘔気を発する者ありしかば、あは たゝしく矢部氏を召して其故を詰るに、矢部自若として、百事拙劣にして衆儕に 及はさるを謝し、百口侮辱を受け、黙して争はず、明朝退直に際し、家に帰るに 及はず、先つ番頭某氏の邸に至りて謁を請ひて、詳に昨夜の始末を演して隠さず、 終りて徐に云ふ、小臣既に隊風の好からざるを訴へて、故宿儕輩を誹る、其罪辞 すへからず、敢て請ふ、今日より職を辞して再ひ仕へずと、番頭其強ゆへからざ るを知りて止めず、即ち其請を免し、又故老の頑愚なる数人を罷め斥けて隊風を 改正し、後数日ならず、更に上請し、矢部の勁直を称して徒士頭に吹挙せり、是 れ矢部の人に知らるゝの始にして、旗下儕輩一時皆敬憚の意を生せり、   是れ予か友山口泉処の老親林内蔵頭が平生泉処に話する所にして、矢部が纔   に頭を出せは、既に凡より高き数等なるを知るに足る、





(さんよ)

行厨
(こうちゅう)
弁当

賤陋
(せんろう)
卑しくて品が
ないこと

恠(あやし)まず

稍々
(やや)

恚(いか)り

撹(ま)せ


(おもむろ)

誹(そし)る

勁直
強く正しいこと

山口泉処
(1830-1895)
直毅、
幕末の幕臣、
神奈川奉行など
歴任

数等
数段


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