Я[大塩の乱 資料館]Я
2016.2.1

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』 その10

松林白猿 講演

安藤粛太郎速記(英雄文庫 9)萩原新陽館 1901

◇禁転載◇

第二席(5)

管理人註
  

其中でも木内竹次郎といふのが一番強いので、此人が先づ初段の人に八目位 ゐの手合せでありますから、我より強いものはあるまいかと思つて高慢の鼻 をうごめかし、忽ち三人の連を負しまして 「如何でござる大塩氏、未だ貴殿とは一面も手合せを仕まつりませんが、一 面願ひませう」        へ ぼ 「イヤ拙者は平凡でござるが、然らば一石願ひませう」 「先づ二三目置て御覧なされ」                       むつと 二三目……といつたが負嫌ひの大塩平八郎、心中勃然いたし、此奴失敬な奴 だ、其儀ならば一番も勝せるものか、と心中に思ひまして 「然らば二目で願ひませう」 「宜しい」 と元より高慢の竹次郎ではありますが、訳もなく、二三目置けといふのでは                   てあはせ          てあひ ありません、只今吉田親子が打たといふ手合を聞たから、二三目か手合であ       わざ らうと思ひ、態と負たとは知らないで左様申したのであります、其処で竹次                               どう 郎は二目では訳もなく勝てると思つてパチリ/\と打て見ますと、何いたし まして、自分の方が八目も置かなければ及ばん程の手でありますから、二目 置せては及ぶ訳がありません、夫に平八郎が先方に勝せまいと思つて打つの             かう でありますから、どうにも斯にもなりません、其一番は竹次郎が百目の負で ありました、流石の竹次郎も呆れて了ひ、今一番といつて打つて見ると、今 度百二十目……、夫から竹次郎が先で打ても百目から負けたから、モウ三度 続けて百目づゝも負ては打てません、其儘降参して打ちません、只だ呆れて 居るばかりであります、此方は娘のおまち、余り座敷が賑やかでありますか   そつ ら、窃と座敷へ来て此様子を見て居りましたが、自分が思ふ男が三々に勝た            に こ              やが のでありましたから、莞爾/\として見て居りましたが、頓て日が暮れまし     あかり   つ たから、灯火を点け戸を締めなどいたしますから、一同の人々は帰り掛りま                      ごはん す、其処へ夕飯を出して人々に馳走をいたし、飯が終ると又々代る替る打て、                       ふ と 負けたり勝たりとして居りましたが、平八郎、不斗便用を足したくなり、其 場を立て辺りを見て居りましたから、おまちが其処へ参りまして  あなた はゞか 「貴郎厠りでございますか」 「ハア」  どうぞ 「何卒此方へ」                      かはや といつて自分が先に立ちまして、態と一番奥の厠へ案内をいたしました 「イヤ、是は憚かりさま、モウ分りました」                               ひしやく といつて平八郎は用を足して出て参りますると、おまちは手洗水を枇杓に汲 んで 「サア貴郎、お手を……」 「是はどうも恐れ入ります」                     てふき と其水で手を洗ひますると、其処へおまちが手拭を出しましたから、平八郎   てぬぐひ      ぬ は其手拭で手を拭ぐひながら、思はずおまちの顔を見ると、叮度おまちも平      そつ 八郎の顔を窃と見やうとしたる途                        につこ  ゑみ 端、目と目がピタリと出逢ひましたから、おまちが莞爾と笑を含み 「オホゝゝゝ」                むき といふ声を自分の袖に押へ、脇を向ました、其愛らしきこと謂はん方なく、 実に傾国の美人とは斯る婦人をいふならんと、女嫌ひの大塩平八郎も、思は ず恍惚として立て居りました、おまちも片手に手燭を持つた儘立て居ります   どう が、何なりませうか、次席に………

  
 


『大塩平八郎』目次/その9/その11
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