よう
其内に父が出でまして「是は/\大塩氏、好こそ御入来、幸はひ今日は作左
どう ゆるり
衛門も宅に居りますから、何ぞ御悠緩とお居で下さい」
ふさ
「ハツ実は余り気が鬱いで困りますからお邪魔に上りました、先日のお話し
そんこう ふ し
に尊公御父子も大分碁をお好みになることを承たまはつて置きましたから、
こんにち うさ
今日は鬱晴しに一石御教授を願ひ度上りました、拙者も塾に居りました時、
なら
少々列べたことがござりますから」
「夫は/\、貴殿は余り学問にのみ精をお出しなさるから、時々は囲碁でも
いたして慰さまなくては体が堪りません、先づ租茶ながら一服召し上り下さ
れ、イヤハヤ毎日の様に悴などは大勢朋友が参つて囲碁に日を費やしますが、
少しも手が上らん様子で」
せき
「イヤ左様ではありますまい、然らば拙者一石御教授を願ひませうか」
どう
「何いたして、迚も貴殿には及びませんが、一番お相手をいたしませう」
といつて其処へ碁磐を出しました、誠とに囲碁ほど交際の早いものはござい
まず
ません、大塩と作左衛門の間へ碁磐を入れて、先平八郎が客のことゆゑ白を
持て、互ひにバチリ/\と打ち始めましたが、平八郎は其時初段を打つ碁で
ざるご
ありますから、迚も笊碁の作左衛門などは及びません、三番打つて二番平八
もく
郎が勝ち、一番作左衛門に勝たせました、父の杢兵衛は作左衛門より三目ば
かり強いのでありますが、之を見て居て
そ ち
「コレ忰、其方などが及ぶ碁ではない、ドレ大塩氏、拙者が悴の仇打に出ま
せう」
「イヤ迚も貴殿には及び申さん」
かく
「何の/\、サアお蔵しなすつても駄目でござる、拙者が二目置いて打つて
見ませう」
せん
「何いたして然らば拙者が先で打つて見ませう」
いけ
「何の/\夫は好ません」
と譲り合て居りましたが、トゞ杢兵衛が先で打つことになつて、二蕃打て打
ま か
分けにいたしました、何して段の違ふ碁でありますから、諭けるも羸つも自
由でございます、其内にガヤ/\と二三人、平生来る処ろの碁打連が参りま
した、大塩は皆知て居る者でございますから、一々挨拶が済で其連で今度は
打ち始めました、
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