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然るに今日他国より帰り来りましたる一人の豪傑、年は二十五歳なれども智
勇の聞へ高く、大塩先生の門弟では一二を争そう処ろの宇津木矩之丞といふ
人があります、此人は久しく他国を修業いたして居りましたから、此度の大
塩先生の決心は少しも知りません、只今始めて知たのでありますから、大に
驚ろいて先生の前へ進み出で
「恐れながら矩之丞申し上まする、先刻よりの先生の御振舞ひ、何とやらん
軽々しう見受けまするが、一体如何のことより起りたることでございませう
か、一応伺がひ奉まつります」
と問はれて先生、初めのことを悉ごとく此宇津木に物語りますと、宇津木は
大に驚ろいて
そ みだ かんくわ
「幵は先生の御憤どほりは御尤ともにはござりまするが、濫りに干戈を動か
すは甚はだ以てお宜しくござりますまい」
いさ
と色々意見を申し上ましたが、こと此処に及んで諫めても無益のことであり
ますから、宇津木は其場で切腹をいたして先生へ意見をいたしました、先生
やが
黙然として居りましたが、軅て言葉を発し
よく/\ つた
「アヽ、好々運の拙なき男かな、今日に限つて帰り来りし故、切腹をいたし
て惜き人物を失なつたり」
と申しました、さて東天漸やく白く相成る時しも、一同の人々は充分に用意
つ
をいたして、天満川崎なる大塩先生の家に火を点けましたから、黒煙忽まち
のろし とき
天に漲ぎり、ハツと燃へ上るを相図にドーンといふ狼煙一発、之に合して鬨
の声をワーワツと揚げ、三百余人の同志二隊に分れ、一隊は城代奉行を討ん
と進み、一隊は鴻池始め物持町人の家を焼て金銀米穀を奪ひ、貧民に施こさ
いでたち
んと進みました、大塩先生、其日の打扮を見てあれば、白小袖の上に黒羽二
どんす すそべり しゆちん
重の紋附紺純子の裾縁を深く取りたる繙珍の野袴、黒羅紗の陣羽織を着流し、
こがね
頭には二十四間の白星打たる鍬形付の兜を戴だき、黄金作りの大小を帯し、
しやう さい
猩々緋切り割の麾を右の手に握り、威風凛々として押し出しました、先づ鴻
池へ木砲の大砲を一発ドヾーンと打ち込みましたから、忽まち破裂して火を
発し、ボーツと燃へ上ると、有志の人々、真先に進んで庫の中より金銀を掴
かね
み出し、蔵よりは米穀を出して、集まりたる貧民へ遣はしまする。是は予て
大塩先生が檄文を出してありますから集まつたのであります、夫より三井呉
服店より岩城屋呉服店、加島、平野と大家の処ろへは皆打入て火をかけます
から、老若男女は泣叫んで逃げ出す、其跡へは貧民が集まつて思ふ存分に米
穀を持ち去り、其日の夕方までは大家ばかり六百軒焼き、惣数二万戸ばかり
みなごろ
を焼払ひましたるは、実に恐ろしき有様でございました、又城代奉行を鏖殺
しにいたさんとしたる一隊は、脇目も振らず奉行の役宅を望んで大砲を打か
け、奉行城代も必死となつて防戦いたしましたから、其夕刻に至るまで勝敗
は互ひに決しませんでありました
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その113
石崎東国
『大塩平八郎伝』
その114
麾
旗
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