Я[大塩の乱 資料館]Я
2016.1.27

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』 その5

松林白猿 講演

安藤粛太郎速記(英雄文庫 9)萩原新陽館 1901

◇禁転載◇

第一席(4)

管理人註
  

                         こいつ 其新左衛門の手下に勘次、作造といふ二人かあります、此奴は多くの悪物の 中でも腕利の方で、最とも新左衛門の信用を得て居ります、其両人が今此天 神の社内に参りましたが、おまちが下女一人を連れて今頻りに天神様を祈つ てゐるのを見て 「エゝオイ勘の字」 「何だ作州」        あれ 「何がじやねえ那を見ねい」 「成程是は豪気だ、那は何じやねいか、吉田のおまち子じやねいか」 「さうよ今小町だ」 「好いな」 「好いなア、夫はさうと何だ」   あ れ      かしら 「那女は不断頭が非常に思つて居る別嬪だぜ、忠義立をするのは斯ういふ時                   あ れ  さら    うち だ、何だエ見れば辺りに人も、ねい、那女を攫つて頭の家へ担ぎ込もうじや     さう                あいつ ねいか、然すりや褒美は望み次第で、今夜は又彼女の処ろへ往けるぜ」 「ダガ向うが与力の娘だからな」                      こつち 「ナニ搆うもんか与力だらうが五力だらうが、此方も上辺は与力の手先だが、                   そんな 本業といへば強盗押借追剥じやねへか、其様義理や人情に拘はつて何が出来                 さう るもんか、サアやツつけやう、夫は然と見ろやい美くしい女だな」                             ぐづ/゛\ 「夫りや美くしいや極つてら、今小町といふ評判の娘だもの、愚図して居る          いけ 内に邪魔物が出ると叶ねい、手前猿轡の用意をしろ」 「オツと合点だ」 と悪逆無道の二人の曲者、余念もなく心を込めて祈つて居るおまちの後ろへ 勘次の野郎が廻り、物をもいはず手拭をおまちの口の辺りへグイと掛けまし            びつくり たから、おまちは不意に喫驚なし、アレーツと一声悲鳴を掲げましたが、元 より大の男に捉まりたのでありますから動くことが出来ません、ジタバタす        とう/\ さ る   は      たて れども詮方なく遂々猿轡を裏められ、声を立ることもならず口惜し涙を流し   も が て悶掻くのみ、下女のお初も同じく作造の野郎に縛られました、同じく猿轡                         を裏められ泣くことも動くことも出来ません、    かう      どう    いか 「オイ斯したは宜いが何して持て往う」                     かぶ         しよつ 「どうしてつて、手前女の羽織を取て頭から被せ、病人を背負て行くやうに 見せ掛けるのが一番だ」    おれ 「成程己のは下女で羽織がねいや」                かぶ 「そんなら手前の持てる風呂敷を被せろ」                あにき 「ウム宜い処ろへ気が附た、流石は兄だけあつて抜目がねい」     わるもの              ふたり と両人の悪漢、商売とはいひながら、難なく両女縛つて頭から羽織と風呂敷 を被せ、さあらぬ体で裏門から出でました、おまちは此情けなき身の上とな                   しよは     ゆきゝ つて、グイと勘次の為めに羽織を被せて背負れ、往来の人に助けを頼むもな                      も が らず此上如何なることかと、身もよもあらず悶掻きましたが、何と詮すべな                       くことさへ叶はず、鷲に取られし雀の如く、其為す儘に背負れ往きまする、 「エゝ此病人は苦しいと見へて、頻りに動いて仕方がねい、今少しの辛抱じ や堪へなされ/\」 と口でいひながら、既に裏門から出やうとすると、向うから来たのが、先年 三等与力になつた大塩平八郎でございます、アゝ悪い奴に逢たなと思つて、 素知らん振で廻り過ぎやうとすると、眼光鏡の如き大塩平八郎、屹度両人の 様子を見て小首を傾むけて居りましたが 「ヤツ曲者待てツ」 と呼び止めました

  
 


『大塩平八郎』目次/その4/その6
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