呼止められて、ギヨツと驚ろいたる勘次、作造の両人
「エヽツ」
どう
といつたが、非常の曲者、平八郎が自分等の面体を知らぬを幸はひ、何にか
わざ
して平八郎を口先で胡魔化して此場を通らんものと、大胆不敵の曲者、態と
笑ひを含んで
「エヘヽヽ、呼止めなすつたのは私共のことでございますか」
「そうよ辺りに外の人もなければ、貴様達を呼んだのじや」
「シテ何か御用で……」
「ウム其用といふのは外でもない、貴様達の背負て見る御婦人は何で頭から
かぶ
風呂敷を被せて居るのじや」
「ヘエ……是は何でございます……斯ういふ訳なんで、実は病人で人に顔を
見られるのが厭と申しますから、態と斯うしたので……」
「左様か、然らば拙者に見せろ、何の病気だ」
どう へ ど
「イエ、何いたしまして、若い殿方に見せますと嘔吐を催ふします」
「イヤ、決して苦しくない」
う つ よ
「エヽ、夫でも実は疱瘡で感染りますからお止しなさい」
「ナニ疱瘡だ……苦しうない」
といひながら武術の達人たる大塩平八郎でありますから、段々と勘次の側へ
いきなり
寄りましたが、隙を見てヤツと声を掛けると、突然おまちの被つて居りまし
たる縮緬の水色の羽織を取除けましたから、何かは以て隠しきれませうや、
さ る は
猿轡を裏められたる美人が涙雨の如くになつて居りますから、之を見たる大
塩平八郎
おの
「ヤツ、汝れ曲者、其処動くな」
と勢ほひ激しく勘次の襟首を掴みますと、エイといふ気合と共に二三間先へ
投付けました、此体を居て作造の野郎、既におまちを取られては下女どを背
負つて居ても何の役に立ぬのみか、逃るに都合悪しと思ひましたが、お初を
其処へ投下しまして逃げやうとする、其時に往来の人々は夫れ喧嘩が始まつ
た、イヤ喧嘩ではない、ヂボが捕られる処ろじやなどゝいひながら、忽まち
あひ
の間だに、五六十人の人が集まつて参りました、其中には弓削田新左衛門の
手に付て居て、悪事を働らく連中も多くございますから、此様子を見て勘次、
作造の両人が今此処で平八郎の為めに捕押へられては太変だと思ひ、ワイ/\
とう/\
と騒ぐ振をして平八郎の邪魔をいたし、遂々両人を逃して了ひました、平八
郎は今年二十歳の若年なりとはいへ、天晴れ曲者を見露はして此可憐の少女
わるもの にげ さ る
を救ひましたから、盗賊に遁られても、左程遺憾にも思ひません、早速猿轡
を解てやると、おまち、お初は大塩とは知りませんから、おまちは大地に手
を突て丁寧に
いづ
「之は何れのお方様かは存じませぬが、今日の危難をお助け下され、誠とに
お有難うござります」
あつ
といへば、お初も後ろに在て頻りに首を下げて居ります
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