Я[大塩の乱 資料館]Я
2016.1.29

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』 その7

松林白猿 講演

安藤粛太郎速記(英雄文庫 9)萩原新陽館 1901

◇禁転載◇

第二席(2)

管理人註
  

        とん 「イヤお女中方、飛だ目にお逢ひなされた、併し幸はひ拙者用事の戻り道、 此処へ差掛つてお救ひ申したが、之は拙者の役目でござるから、決して左様                              はび にお礼を申すには及ばん、白昼とは申しながら当時大坂には悪人蔓こつて居 り、個様なことをいたさするとは実に我々の恥づる処ろでござる、此上も尚 ほ悪漢共に出逢ふやうのことがあつては相成らんじやに依て、拙者がお宅ま で送り届けやう」 といへばおまちの喜こび一方ならず、 「誠とにお有り難うございます、何とお礼を申し上て宜しいやら、言葉も出       せ     ふたおや でません、切めては両親に申しまして及ぶだけの御礼に、此御恩の万分一を もと思ひますれば、何卒此上とも身勝手を申しては相済みませぬが、私共の 宅までお送り下さる様にお願ひ申します」 「シテお宅は」        ほと 「ハイ心斎橋の側りでございまして、与力の吉田杢兵衛の家でございます、 私しは其娘のまちと申すものでございます」 「ハヽ然らば同役のお娘さんでございましたか」       あなた       うけ 「失礼ながら貴郎様のお名前を承たまはり、両親に申しとうございます」 「イヤ別に申さんでも御親父と同役の者でござるから、御面会申せば直に知 れまする、無益の問答を此処でいたしまして居らうより、一刻も早く参りま せう」                           とゞ と尚もおまちが何かいはんといたしまするのを、平八郎は制めましておまち、 お初を先に立て、心斎橋から左りく切れて少し参りますと、与力吉田杢兵衛  うち       いへ の家でございます、家の前へ参りますと、杢兵衛が丁度外へ出やうとする途 端でありました 「ヤツ是は大塩氏」 「是は吉田氏でござるか」             いと     そ ち              まみ 「好うお出で下された、シテ娘や、其力は髪も乱れて居るし衣服も埃に塗れ て居るが、一体どうしたのじや」 と聞れまして、おまちは今更に悲しくなりまして、涙を一杯に眼の中に浮め   とゝ 「お父様、只今其訳をお話し申しますから、何ぞ其お方をお座敷へ通して下 さんせ」                                 いと 「ウム/\、訳は何だか知らんが大塩氏、初めてのお出でゝもあるし、娘が           どうぞ 左様に申しますから、何卒むさぐるしくともお通り下され、サアどうぞ」 といはれまして大塩平八郎 「然らば御免下され」 と挨拶に及んで座へ通りました、其処で娘のおまちより天神社前で悪物に出        つぶ                    かた 逢ひたることを曲さに両親に語りましたから、両親の驚ろき一方ならず、夫 より厚く平八郎に礼を述べ、何はなくともといふので、お定まりの酒肴を出    も て して饗応なしました、娘のおまちは大塩平八郎といへる当時大坂第一の人物 に逢ひ度て天神様へも祈つた程でありますから、いそ/\として嬉し喜こび        しとやか まして、平生の温和なるにも似ず、我を忘れて平八郎の側へ寄て色々と礼を                              やが 述べ、頻りに酒を勧めなどいたして夢中になつて居りましたが、軅てハツと 気が付きまして平八郎の側を立ち、母の後ろに隠れて耳まで赤くしてモヂ/\ して居ります

  


『大塩平八郎』目次/その6/その8
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