Я[大塩の乱 資料館]Я
2016.1.30

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』 その8

松林白猿 講演

安藤粛太郎速記(英雄文庫 9)萩原新陽館 1901

◇禁転載◇

第二席(3)

管理人註
  

「是は吉田氏、少しばかりのことよりいたして大きに御馳走に相成り誠とに            済みません、大分日が下りましたから、是にてお暇をいたします」     たし と元より嗜なみません酒ゆへ、痛く酩酊をいたして了ひました、丁度兄の作         左衛門は朋友に伴れられまして外出いたして居りましたから、家には杢兵衛 夫婦とおまち、お初の外に誰も居りません                           さ ゝ 「イヤ大塩氏は学問武術の方では並ぶ者もござらんが、御酒の方は遠く杢兵                    ごしゆ 衛などには及びませんな、併し余りお軽い御酒が参らずは、おまち、早く御 飯の用意をしてお出で、何を子供らしく母様の後ろにばかり居るのぢや」 といはれておまちは尚ほも顔を赤めましたが 「ハイ」     につと えみ     ゆふげ と答へて莞爾と笑を含んで用意の夕飯を央へ持ち出でま して、平八郎の前へ押し直します、平八郎は 「是は誠とに相済みません」              ほん 「イヤ、何もござりません、真の時分凌ぎでござります、何ぞ充分にお過し を願ひます」                           どう 「然らば折角の御志ざしでござるから頂戴仕まつります、何ぞ御酒の方は是 にて御免を蒙むります」            しゐ                   「左様なれば好まぬ物を強るは却つて失礼でござるから、酒の方は止めて拙 者も御請伴いたしませう」 と律義一片の杢兵衛、大塩と共に夕飯を喫し終りますると、大塩は寸陰を惜                   いと むといふ人でありますから、其処で直に暇まを告げて帰りました、杢兵衛夫 婦の喜こびは一通りではございません、又娘のおまちも計らざりき今日危難                          こつがら の為めに大塩平八郎に逢ひ見ますると、聞しに勝る人品骨格でありますから、   うち              をつと 心の中では、此人の外に良人にすべき人は大坂広しと雖ども又となしと思ひ                      うはさ ました、又大塩平八郎も木石ではありません、風評では今小町といふ名を聞 て居りましたが、何、高が婦人、何程のことのあるべき、美人とて我心を迷 わしめる程の者はあるべきやと思つて居たのでありますが、今日計らずも其                               今小町の危難を助けて見ると、実に捨難き美人でありますから、彼の美人を あた              のこりを 惜ら他人の眺めにするも何とやら遺憾しく思はれました、併しながら大豪傑 の平八郎、貴重の瞬間も空しくして、他の若侍らひの様に吉田の家へ毎日遊                      たが びに行くやうなことはいたしません、毎日時を違へず勤め向大事にいたし、                まなこ 家へ帰りますと一心不乱に学問に眼をさらして居ります、此方はおまち嬢、 大塩に危難を助けられてからといふものは、平八郎に迷ひ込みまして、其こ とのみを思ひ、一度位ゐは平八郎様がお出でになりそうなものだと、毎日奥 に居て人の来る度に、若しや其人でないかと思つて覗いて見ますが、皆別人                     そとで であります、恋し/\と思つて居りますが、外出をして又先日の様なことか あつては太変だと、恐れて外出はいたしません、然るに或日、御免といつて                              そつ 這入て参つたのが大塩平八郎であります、おまちは誰かと思つて窃と覗いて 見まするといふと、毎日恋し/\と思ひ居りましたる大塩平八郎であります            あか から、思はずハツと顔を赤めましたが、幸はひ誰も見る人も居りませんから、 其儘知らぬ振で居りました、

  


『大塩平八郎』目次/その7/その9
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