Я[大塩の乱 資料館]Я
2003.2.10

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大塩の乱関係論文集目次


「大塩中斎の学を論ず」その1

松村介石

『人物論』警醒社書店 1895 より

◇禁転載◇


 (此は演説を佐藤平治君が筆記せられたるもの也)

諸君、我輩か中斎先生の所謂大虚なる者に付て論せんと欲するハ、蓋し自己の所見と符号する所あるを以てなり、

堯之を舜に伝へ、舜之を禹に伝へ、禹湯文武周公孔子孟軻、順次に之を継承したるの学ハ、即是れ王陽明等が祖述したる学にして、陽明の学ハ決して孔孟と別派の学に非るなり、故に陽明より感得したる中斎の大虚と称するもの、亦之れ堯舜に探りたる者なること明なり、

蓋し後世陽明を誤りて儒教の別派と認め、之を異端と称し邪説と呼ぶに至りたる者、抑も亦其原因あり、孟子以後、俗儒大に孔教の真意を謬り、其説く所、皮相に流れ、其論する所、外見に走り、支離滅裂、又収拾す可らさるに至れり、然るに之を既例に回し、之を死地に起したる者ハ、有名なる朱子なり、陽明も始めハ熱心に朱子を排せしが、後に至り全く己れと朱子と同説たるを悟りたり、尤も入道の点に於て、朱子ハ文学より入らんと欲し、陽明ハ抜本塞源、直に霊台の修養に従事したるの差異ハありし、

抑も学に二種あり、一は高尚にして、所謂六合に亘り、宇宙に磅磚するものに合せしむるもの、而して小人孺子之を解せさるなり、故に猫に小判の迂を学ハずして、直に彼等に適する卑近なる教、即小乗の道を伝ふ是其二なり、後世儒道の老婆心より第二の法を採りたるもの多きを以て、終に高尚偉大なる上乗の士ハ、之に満足する能ハす、俊才多く逃れて禅に隠れ、而して孔子の真道遂に振ハざるに至りたり、

中斎夙に此に見る所あり、疾呼して曰く、儒教ハ宜く其真髄を説かさる可らす、区々たる末節に拘泥す可らす、然らすんは、世を誤り、道を紊し、上乗の士を孔門に容る能ハさるへし、然らハ即所謂儒教の真髄なる者ハ、抑も何そや、曰く、大虚是れなりと、

中斎の大虚や陽明ハ之を達命自洒落と云ひ、孔子は之を旡意旡必無固旡我と云ひ、孟子ハ之を浩然の気と云ひ、孔明ハ君子之行静以修身非静難成学と云ひ、小楠ハ此道不知一躍求不助不長自攸々と云ひ、海舟ハ平心と云ふ、此れ皆一のみ、人によりて之を説くの道を異にするのみ、佐藤一斎亦中斎の説に敬服し、大虚を以て儒の粋なりと称せり、然ども一斎ハ其意固必我を抜く能はす、之を以て憾となしたりと云ふ、

今や論歩を進め、直に中斎の説に入らんと欲す、世間陽明中斎等を批評する者を見るに、徒に哲学的に之を諭するものと、其学博からす、其才宏ならさるも、自から之を感得して諭するものとの二種あるか如し、今其何を可とし、何を否とすべきやは措て問ハす、唯余ハ聊平生中斎を味ふ所あり、故に仮りに己れの意見として之を説かん、已に学者的に非す、其談誤謬あるへくハ、固より期する所なり、

諸君、幸諒焉堯舜の意を見るに、実に旡意旡必旡固旡我、即無私なり、其心や公明正大、一点の私あるなし、故に其天下を己の子に伝へんとするの私情勿りき、苟くも天下を保つの人ならんか、之を禅りて可なり、若し人其人に非すんハ、是れ已に私あるなり、堯舜に禅り、舜禹に禅る、吾人此を思ふ毎に、転た惆悵に堪へさる者あり、堯舜已に大虚なり、宜なる哉、今日尚聖君賢主として 仰視せらるゝや、吾人か大虚に撃れて怒らす、小児を恨む能ハす、此其無心に出つるを以てなり、一点の偏私なき堯舜の民、豈に其君の過を恨むことを得んや、此道是れ堯舜より周公孔子に順次に伝へたる者なり、

然らハ、中斎如何にして之を感得したるか、大塩常に天地の奇なるを見、草木の発生、花実の開統、宇宙の宏壮なるを見叫て曰く、宇内に命あり道ありと、是れ豈に宛然たる基督信者の言に非すや、

宇内に命あり智あり、又一定の理あり、而して宇内ハ大虚なり、人たる者、亦心常に宇内に通せさる可らす、小楠始めて海舟と偶ふや、一詩を送て曰く、

海舟是れより小楠に服し、呼ふに師を以てしたりと云ふ、此一絶、能く宇宙の大虚にして、而かも其心の広大旡辺、能く動き、能く為すことを表したる者に非すや、

陳眉公又云へることあり、曰く、以大虚為体以利済為甲斯人也、天乎、中斎評之曰く、誠哉是言也、故利済不出乎大虚、則管商之政也、大虚而旡利済則仏老之道也、と、大虚ハ即旡心なり、而して万物整々として皆其処に安し、各利済即活動す、彼の花の開活、水の流逝、皆天工を為しつゝあるなり、人物亦此の如くならさる可らす、而して、人此境に至らんか、斯人也天乎、若し夫れ利済の士にして大虚を欠かんか、是れ即管商の政にして王道に非す、何となれハ、其行ふ所、私意私情あるを以て、自ら権謀術数に流るへし、而君子則不取之、又大虚にして利済勿らんか、是れ老のみ、仏のみ、死灰となり、木石となり、寂滅となり、一切空となり、豪も活動せさるへし、如此大虚のみを唱へんか、活動せす、利済のみに流れんか、権謀の人となる、須く来て真人物を見よ、


『人物論』目次/「大塩中斎の学を論ず」(2)/「大塩平八郎

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