Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.8.7

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」
その12

真山青果(1878-1948)

『真山青果全集 第4巻』 大日本雄弁会講談社 1941 収録

◇禁転載◇

第二幕 (1)

管理人註
  

    天保八年正月六七日ごろ。前幕より二十日ほど後。     洗心洞、新塾舎。   新塾舎は平八郎が近年寄宿生のために、東隣の家屋を購ひて設けたる   書生寮にて、いま宇津木等四五名の居るところ。大塩屋敷うちの旧塾           舎に対して爾か呼ぶなり。庭つゞきに両塾相往来す。舞台中央に、三              うつぜん   囲に余る程の老松一幹、蔚然と聳立し、その枝、傘の如く新塾舎の屋   根を掩ふ。下手に見ゆるは、瓦葺平屋の塾舎の一部にて、普通民家を   修繕せるものなり。縁側あり。沓ぬぎ石、手水鉢など見ゆ。柱に塾長   屋の木札を掲げ、障子のうちは宇津木の居室なり。縁側に講義室用の   机数脚を積み重ね、壁に手拭歯磨袋など掛けてあり。   松樹を境にして、その上手は平八郎の後園よりその居宅にづゞく。今                              はしらだて   その周囲を取り廻して、高さ六七尺の葦垣を造らんとして、柱建を終   り横竹を渡して、一部分には葦をつけたる所もあり。中央に潜り木戸   を設けて新塾との通路をなす。この葦垣は近来格之助等が炮術稽古に   熱心するため、炮器火薬の製法を秘密にして、人目を避けんとして急   に門弟等に急造せしむるものなれば、構造など極めて麁略なるべし。   葦垣と塾舎の後面を通りて、正面奥の門に通ずる一路あり。   冬の空うらゝかに晴れたる日の午後。遠く正月らしき紙鳶の唸り、囃   し太鼓の音聞え、時々は隣地東照宮の鈴の音もさやかに聞える。    塾生河合八十次郎、宇津木の弟子岡田良之進の二少年、松の下に立    ちて互ひに争ひゐる。良之進は平日の服装にて、袴をつく。八十次    郎は火薬製造に手伝ひせるため、短袴の上に浴衣を上張りに着て襷    などかけたり。この日は葦垣を結び火薬を製造する日なれば、旧塾    の寄宿生は全部その労働に従事して、或は無尻絆纏を被り、合羽を    着け、泥にまみれ、頬被りして、思ひ/\の姿をなす。           むなぐら 岡 田 (八十次郎に胸座をとられつゝ)知らん、僕は知らん。 八 十 知らん――貴様! では君は誰の弟子だ。 岡 田 云はん。君に詰問されて答へる筈はない。 八 十 何、何。(松樹の幹に対者を押し詰め)洗心洞学舎にゐれば大塩    先生の弟子ではないか。われ/\旧塾の者が泥まみれになつて働い               ・・・・・・    てゐるのに、新塾の者はぞべらくらりと見てゐるぢやないか。長崎    ばつてん、田舎者。 岡 田 (蒼くなり顛へつゝ)僕は長崎生れだよ、田舎者だ。 八 十 袴を見ろ。ズル/\引きずつて、地べたでも掃くのか。 岡 田 何。                             びんつけ 八 十 君は洗心洞の塾風をやぶつてゐる。頭を見ろ。何んだ鬢附油など            かげま    光らせて、まるで蔭間野郎のやうだ。                      こら 岡 田 何んとでも云へ、云へ。(口惜し涙を怺へて)僕は学問修業に上    つたのだ。炮術稽古に出て来たのではない。 八 十 何、青瓢箪! 大塩の学風は功名気節を貴ぶ実用学だ。書物を読                            はこ    むのも武術をやるのも、みな同じく学問だ。来て葦を搬べ。 岡 田 僕は師匠から、そんな命令をうけてゐない。 八 十 師匠とは誰だい。先生とは誰だ。 岡 田 誰でもいゝ。 八 十 貴公の師匠は、あの青表紙、腰抜け塾頭か。 岡 田 (奮然と肩を立て)君、君は先輩にそんなこと云つて、好いのか。                            わら 八 十 俺ひとり云ふんぢやない。旧塾生はみな然う云つて嗤つてゐる。 岡 田 然し大塩先生でさへ呼び捨てにはしないぞ。宇津木兄とか共甫君    とか、かならず敬称を用ゆるぞ。 八 十 大先生があまり塾頭を大切にするから、それで新塾のやつ等増長    するんだ。われ/\が毎朝暗いうちから起きて働くのに、新塾のや    つは一人だつて出て来ない。新入生の癖に失敬だらう、生意気ぢや    ないか。来て一緒に働け。(と引ツ張る) 岡 田 厭やだ。腰抜け塾頭と云つたから余計厭やだ。僕は宇津木共甫先    生の門人だ。 八 十 生意気云ふな。宇津木共甫は大塩中斎の門人だ。 岡 田 馬鹿云へ。僕が束脩の礼をとつたのは共甫先生一人だ。 八 十 馬鹿と云つたな。 岡 田 君こそ、腰抜けと云つた。 八 十 制裁を加へてやる。旧塾へ来い――来い。 岡 田 厭やだ。 八 十 来い、来い。    両少年、取組み合つて争ふ。

   


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