Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.8.8

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」
その13

真山青果(1878-1948)

『真山青果全集 第4巻』 大日本雄弁会講談社 1941 収録

◇禁転載◇

第二幕 (2)

管理人註
  

   同じく旧塾の門生吉見英太郎、働き姿にて一束をかつぎて入る来る。    英太郎は同心九郎右衛門の忰にて、年齢十五歳、素直さうな少年。 英太郎 河合君、大井兄が呼んでゐる。葦束が着いたよ。 八 十 (岡田と捩ぢ合ひつゝ)こいつにも搬ばせてやるんだ。      英太郎 舎したまへ、乱暴だよ。(引き分けつゝ)また大先生に叱られる    よ。 八 十 (岡田を睨み)実にこいつ、生意気なんだ。    八十次郎、ブツ/\呟きつゝ門前へ走り去る。 英太郎 (扶け起しっゝ)君、どうかしないか。あ、袴がやぶけてゐる。 岡 田 いゝえ、何んでもありません……。(極り悪さうに微笑) 英太郎 実に粗暴だからね。この頃は大井兄の真似をして、余計いけない    んだよ。(草履など拾つてやる) 岡 田 僕も少し……言ひ過ぎたのです。有難う。    二人の対話の間を縫うて、塾生五六名、皆それ/゛\の姿にて、葦    束を本宅の庭に搬び入る。 岡 田 大そうな葦ですね。この垣をつくるためですか。                        ため 英太郎 いゝえほかにも……先生は何か炮術修業の験しにするのでせう。    好く知りません。 岡 田 垣は何んのために急いで造るんですか。                         ぼうびや 英太郎 火薬製造の秘法を人に見せないためでせう。棒火箭だの、炮禄玉         でんじゆごと    だの、みな伝授事の秘密なさうです。              ちやううち 岡 田 愉快だなア、そして丁打の練習は何時頃です。 英太郎 来月の中旬、堺の七堂ケ浜で行ふことに願ひ済みになつてゐます。 岡 田 僕もね、長崎で高島流の大筒調練を見ましたが、そりや壮快なも       すぐち         はし             んだ。巣口からパッと白煙が迸つて、やがて天地を撼り動かして轟    然と鳴りとゞろく時、僕はもう、……何んとも云はれない心持だ。    煙を目に見て、音が耳に聞える。ホンの一刹那なんだが、僕はその    間、息がつまつて……百までも勘定出来るやうな気がしますよ。 英太郎 (目をかゞやかして)僕、それ来月、自分で打つんですよ。打つ    んですよ。 岡 田 壮絶だなア。蒼空に唸りを曳いて……グウアンと鳴りとゞろく、    愉快だなア。    英太郎、共に悦び笑ふ。    宇津木矩之允、詩稿を手にして、それを推敲する心持にて縁側に出    て微吟しつゝ歩む。    二少年の談話に心づかず。耳に朱筆を挟む。 英太郎 君はなぜ炮術の稽古に出席しないんです。 岡 田 僕ですか。先生が……好みません。(萎れる) 英太郎 遊歩にも出ませんね。 岡 田 えゝ些ツとも。 英太郎 塾頭は謹直な人ですねえ。課業は終日読書ですか。 岡 田 長崎にゐられる時は快濶な方でしたが、当地に来てから段々憂鬱    になられるやうです。 英太郎 大先生の書斎へも、近頃出入りされませんね。                     岡 田 元日の式礼に、御慶を述べられた限りでせう。 英太郎 どうしたんでせうね。大先生はあんなに塾頭を待つてゐられたん    だが、議論でもしたんですか。 岡 田 いゝえ、共甫光生は人と争ふ人ではありません。争ふよりは負け    る、先生の主張なんです。    塾生大井正一郎、葦束二束を担ひ来る。自袴。 大 井 危い!(木戸口を塞げる岡田を突き除く) 岡 田 (むッとして)何をなさる。 大 井 通り路の邪魔だ。退け。    大井、去る。

   


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