同じく旧塾の門生吉見英太郎、働き姿にて一束をかつぎて入る来る。
英太郎は同心九郎右衛門の忰にて、年齢十五歳、素直さうな少年。
英太郎 河合君、大井兄が呼んでゐる。葦束が着いたよ。
八 十 (岡田と捩ぢ合ひつゝ)こいつにも搬ばせてやるんだ。
よ
英太郎 舎したまへ、乱暴だよ。(引き分けつゝ)また大先生に叱られる
よ。
八 十 (岡田を睨み)実にこいつ、生意気なんだ。
八十次郎、ブツ/\呟きつゝ門前へ走り去る。
英太郎 (扶け起しっゝ)君、どうかしないか。あ、袴がやぶけてゐる。
岡 田 いゝえ、何んでもありません……。(極り悪さうに微笑)
英太郎 実に粗暴だからね。この頃は大井兄の真似をして、余計いけない
んだよ。(草履など拾つてやる)
岡 田 僕も少し……言ひ過ぎたのです。有難う。
二人の対話の間を縫うて、塾生五六名、皆それ/゛\の姿にて、葦
束を本宅の庭に搬び入る。
岡 田 大そうな葦ですね。この垣をつくるためですか。
ため
英太郎 いゝえほかにも……先生は何か炮術修業の験しにするのでせう。
好く知りません。
岡 田 垣は何んのために急いで造るんですか。
ぼうびや
英太郎 火薬製造の秘法を人に見せないためでせう。棒火箭だの、炮禄玉
でんじゆごと
だの、みな伝授事の秘密なさうです。
ちやううち
岡 田 愉快だなア、そして丁打の練習は何時頃です。
英太郎 来月の中旬、堺の七堂ケ浜で行ふことに願ひ済みになつてゐます。
岡 田 僕もね、長崎で高島流の大筒調練を見ましたが、そりや壮快なも
すぐち はし ゆ
んだ。巣口からパッと白煙が迸つて、やがて天地を撼り動かして轟
然と鳴りとゞろく時、僕はもう、……何んとも云はれない心持だ。
煙を目に見て、音が耳に聞える。ホンの一刹那なんだが、僕はその
間、息がつまつて……百までも勘定出来るやうな気がしますよ。
英太郎 (目をかゞやかして)僕、それ来月、自分で打つんですよ。打つ
んですよ。
岡 田 壮絶だなア。蒼空に唸りを曳いて……グウアンと鳴りとゞろく、
愉快だなア。
英太郎、共に悦び笑ふ。
宇津木矩之允、詩稿を手にして、それを推敲する心持にて縁側に出
て微吟しつゝ歩む。
二少年の談話に心づかず。耳に朱筆を挟む。
英太郎 君はなぜ炮術の稽古に出席しないんです。
岡 田 僕ですか。先生が……好みません。(萎れる)
英太郎 遊歩にも出ませんね。
岡 田 えゝ些ツとも。
英太郎 塾頭は謹直な人ですねえ。課業は終日読書ですか。
岡 田 長崎にゐられる時は快濶な方でしたが、当地に来てから段々憂鬱
になられるやうです。
英太郎 大先生の書斎へも、近頃出入りされませんね。
き
岡 田 元日の式礼に、御慶を述べられた限りでせう。
英太郎 どうしたんでせうね。大先生はあんなに塾頭を待つてゐられたん
だが、議論でもしたんですか。
岡 田 いゝえ、共甫光生は人と争ふ人ではありません。争ふよりは負け
る、先生の主張なんです。
塾生大井正一郎、葦束二束を担ひ来る。自袴。
大 井 危い!(木戸口を塞げる岡田を突き除く)
岡 田 (むッとして)何をなさる。
大 井 通り路の邪魔だ。退け。
大井、去る。
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