Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.8.28

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」
その33

真山青果(1878-1948)

『真山青果全集 第4巻』 大日本雄弁会講談社 1941 収録

◇禁転載◇

第四幕 (5)

管理人註
  

庄 司 (進み出でて)それでは手前はこれから格之助さまのお供をいた    して、役所の模様を窺つて参りませう。今日の講義初めに郷左衛門    が参会しないのを不審と存じましたが、かならず何か仔細がござり    ませう。 格之助 われ/\の帰りますまでは、何事も穏便に願ひます。    格之助、庄司、倉皇として出て行く。 平八郎 (座に戻りながら)忠兵衛、今日の施行は如何いたした。 忠兵衛 会所に幕張りして、今日のところは中止しました。    忠兵衛、腕組みしつゝ不機嫌さうに答ふ。 平八郎 奉行所の許しを得ぬのは、越権の振舞ひとでも云ふのか。 忠兵衛 どうで……そんな事でもござりませう。 平八郎 容易ならぬ風聞とは? 忠兵衛 いづれ追々と分りませう。(溜息して、凝ツと考へ込む)    平八郎、不安さうに口を噤む。間。 忠兵衛 (忌々しげに舌打ちして)宇津木さん、あなたも部屋へ帰つて、    休息なされたらどうだ。 宇津木 然う致しませう。良之進。(一礼して立つ) 平八郎 宇津木。 宇津木 は。 平八郎 貴公の帰国の願ひは、まだ許してはゐないぞ。 宇津木 門生の札をかける以上、致し方ありません。    宇津木、良之進をつれて静かに去る。 忠兵衛 その執拗にも困る。この場合、何んの時と思ふ……。(苦々しげ    に平八郎に呟き、気を換へて門弟等に)諸君、今日の講義びらきの    酒がござりませう。こゝへ出して下さい。諸君もまた襖を払つて、    今日は大いにお飲みなさるがいゝ。    門生、塾生、去る。瀬田、小泉等は残る。 忠兵衛 瀬田さん、まアお坐り下さい。(と座をゐざりつゝ)先生にもあ    ぐねます。何んがため宇津木一人を然う目の敵になさるか、わしに    は分らない。憎い者なら破門なさればいゝだらう。 瀬 田 宇津木兄も、しかし穏かではありません。今日の顔色など、全く    狂気の沙汰としか思はれない。わたしども先生の御我慢に驚き入り    ました。 小 泉 少しく慢心もございますよ。どうも然う思ふ。 忠兵衛 遁げる者を追ふ……何んせい、未練だ。    塾生等、足つきの広蓋に口取肴、酒肴など載せて持ち来る。酒は湯    桶に入れたり。    門弟等も上手の襖をはづして酒宴をひらく。但し見物席より見ゆる    は二三子の後ろ姿に過ぎず。 忠兵衛 (真先に盞をとりて)さ、頂きませう。先生、如何。    平八郎、渋々と盞をうけ、口もつけずして下に置く。忠兵衛、瀬田    等は互ひに酌して飲む。 平八郎 (間を置き、弁解するやうに)忠兵衛、おれは必ずしも愛憎心    によつて、宇津木に対するのではない。彼が頻りにわが学説を曲解                            うんちく    して、次第に異端に傾くのを惜しむのだ。彼にはあの蘊蓄があるだ    けに、弊害もまた甚だしいものがある。          こうでい 忠兵衛 あなたは、拘泥し過ぎるよ。わが生んだ実の子さへ……自由にな    らないのが世間だ。             うつけつ    忠兵衛、何か心中の鬱結を払はんとするものゝ如く、たゞ酒盃を急    ぐ。 平八郎 然し――。 忠兵衛 それを云つてゐる時ぢやありますまい。 平八郎 然し、宇津木はおれを憎んでゐると思はれない。彼は永年の弟子           えんてい    だ。彼の性格の淵底は知つてゐるつもりだ。 忠兵衛 (横を向いて)瀬田さん、一つ頂きませうか。    平八郎、無言。    渡辺良左衛門(洗心洞門人、東組同心)、顔色を変へて走り来る。 渡 辺 先生、参りました。お役所から参りました。 平八郎 (思はず声立てゝ)誰が来た!(と立ち上る)

   


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