Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.8.29

玄関へ

「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」
その34

真山青果(1878-1948)

『真山青果全集 第4巻』 大日本雄弁会講談社 1941 収録

◇禁転載◇

第四幕 (6)

管理人註
  

   瀬田、忠兵衛等も驚く。隣室の塾生等はドヤ/\と走り来り、閾際    に立ちて聞く。 渡 辺 平山君が附人となつて、御隠居役の荻野勘左衛門どのが御出張な    されました。           た か は り 平八郎 門前に……高張提灯などないか。                   ぽくり 渡 辺 いゝえ、いづれも平服のまゝ木履がけでございます。                             きるもの 平八郎 (やゝ落着いて)然うか。客間へ通して置いてくれ。着物を換へ    て会はう。(奥に入る)    渡辺、去る。塾生等も隣室に退去す。 瀬 田 忠兵衛どの。(不安さうに低声)最前、容易ならぬ風説と云はれ    たが、何か先生のお身柄にかゝはるやうな話でも…… 忠兵衛 いや、大てい大丈夫だ。そんな事は……ございますまい。(口尻    を噛みつゝ心配さうに客間の気勢を窺う) 瀬 田 然しそんな無法をなされては、それこそ世間の騒動だ。兎に角、    役所へ詰めて見ませうか。 小 泉 この際の施行が……罪になるとは思はれないて。 瀬 田 待て/\、今に様子が分る。庄司が行つてゐるから、役所の方は    気遣ひあるまい。 小 泉 それでも若し―― 瀬 田 (顔を顰め、睨む)騒ぐなよ!    一同不安さうに沈黙する時、隣室俄かに騒がしく、何か罵り合ふや    うな声、断続して聞え来る。 瀬 田 何んだ/\、大井だな。何を論じてるんだ。 小 泉 (腰を立てゝ聞きつゝ)相手は……平山だ。平山のやうだ。    大井正一郎、平山助次郎(洗心洞門人、東組与力)と論争する声、    次第に明瞭となる。但し、姿を見ず。 平 山 その詰問が甚だ不快だ。僕は洗心洞門人として、君等よりは遠か    に先輩なのだ。 大 井 然らば何故に、近頃洗心洞を疎遠にするんだ。 平 山 町目付の役儀は、たとへ師弟の間柄でも、私の交際は遠慮しなけ    ればならないのだ。                   へつら 小 泉 何故今日の使をうけた。跡部に諂つて何故使者に立つた。 平 山 口上役は荻野氏だ。おれはたゞ附人として同道したまでだ。現に    おれは応対の席にも出ず、玄関に待つてゐるではないか。 大 井 貴公、大塩塾の学則には飽くまで背かぬな。 平 山 入門の時、盟約書を入れてる。おれは弟子だ。 大 井 今日の使は何んの使だ。先生を罰するのか。 平 山 おれは知らない。その役の者に聞くがいゝ。(突然、声立てゝ)    何をする、乱暴者! 大 井 貴様は先生を探索してゐた、跡部の犬だ。 平 山 (少しく怯えたる声)これ、何をするんだ、何をする。 大 井 跡部の口上を云へ。先生ほ蟄居か、追放か。 平 山 知らん。おれはたゞ、荻野の附人に来たのだ。 大 井 何い。    膳椀を踏み割る音。乱暴する大井を取り支へて人々の立騒ぐ間に、    怒号する大井の叫声聞える。平山助次郎、顔に投掛けられし酒を拭    きつゝ門生に押し隔てられて、講堂の方に姿を顕はす。 忠兵衛 平山さん、また大井君の乱暴ですか。 平 山 先生の探偵に来てゐると思ふのだらう。乱暴者! 瀬 田 時に役所の模様はどうだ。(小声)むつかしくなりさうか。 平 山 僕にや何んとも云へないよ。先生の出やう一つだ。        まさか 小 泉 然し、真逆に表立つてお咎めなどはないだらう。 平 山 さア……、兎にかく先生の返事次第だらう。 小 泉 平山君、そんなに切迫してゐる御模様か。 瀬 田 困つたものだ。(嘆息して腕を組む) 忠兵衛 (顔を上げて)皆さん、こりやもう仕方ありません。あの御気性    では、制して止まる人ぢやない。行くところまで行くもよからう。    どうせわれ/\も連坐は遁れますまい。(酒を飲む)    隣室の大井正一郎、一同のとゞむるも聞かず、平山を罵倒しつゝ講    堂に闖入し来らんとする時、平八郎、顔色悪しく悄然と客間より戻    り来る。大井を一瞥したるのみ、無言、その座につく。大井、畏縮    して閾際に坐る。

   


「大塩平八郎」目次/その33/その35

「大塩の乱関係論文集」目次

玄関へ