Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.8.31

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「大塩の乱関係論文集」目次


「大塩平八郎」
その36

真山青果(1878-1948)

『真山青果全集 第4巻』 大日本雄弁会講談社 1941 収録

◇禁転載◇

第四幕 (8)

管理人註
  

平八郎 (自らの興奮をやゝ恥ぢながら)おれはたゞ人民のために憂へた    のだ。決して彼等の政治を妨げはしない。殊にわしは、少しも私の    利慾を考へてゐないぞ。みな人民のためだ。天下の憂患、実に視る    に忍びなかつたのだ。(語調やゝクド/\しく)然るに跡部がそれ    を悪くとつて、この上わしを窮地に窘めると云ふなら、誰だつてそ    れは反噬せずにゐられまい。彼がもしこれ以上に俺を圧迫するなら、    おれは起つ、俺は……起つ。起つて大義を唱ふるよりほかに仕方が    ないのだ。(急しく一同の顔色を見廻しつゝ)この考へは今日に初    つたことではない、この頃中から始終おれの念頭を去らない問題な    のだ。義の欲に勝つものは従ひ、欲の義に勝つものは凶なり――、                           つよ    百姓の力を得るものは富み、百姓の死を得るものは彊し――、国を    以て国を守り、民を以て民を守る――おれは人民を味方として、彼    等の暴虐に反抗するのほかはない。諸君とて決してそれを非なりと    はすまい。中斎を助けて、共に起つ覚悟はあるだらう。(神経性に    激しく目を瞬き)先刻おれが荻野に穏かに答へたのを見て、諸君或    はおれが彼に屈伏したやうに歯痒く思ふかも知れない。宇津木――    宇津木などは、おれが跡部を恐れてゐると云ふ……然うぢやない、    然うぢやないのだ。彼と反対に立つ場合には、そこにもう何んの妥    協も融和もあり得ない、最後の手段、おれは蹶起して戦ふよりほか    はないのだ。宇津木の云ふ如く、おれは彼に屈したのではない。最    後の大事だから自重するのだ。    一同無言。 忠兵衛 (やゝ冷嘲を含んで)先生、あなたは大義の謀叛と云ふが、一時    憤激のお言葉ですか、それとも事実に決心なされてゐますか。 平八郎 何――。(その意を解しかねるやうに、眼瞼を痙攣させつゝ対者    の顔を見詰める) 忠兵衛 わたくしの心は、あなたはこの際跡部さまとの間に、ほか に途    のひらきやうはないと確信なさいますか。 平八郎 (屹然として)忠兵衛、おれに起てといふのか。 忠兵衛 然うぢやどざいません。若し事がいよ/\の場合に望ん で、わ    たくしどもの覚悟のために伺つて置きます。 平八郎 いよ/\の場合――? 忠兵衛 先生、わたくしはこれでは済むまいと存じますよ。     平八郎、不安さうに忠兵衛を見詰む。忠兵衛、苦しさうに目を伏     せる。平八郎、更に追求せんとして躊躇、空しく対者を見詰むる     のみ。     やゝありて忠兵衛、顔を上げる。 忠兵衛 (指の先に目頭の涙を払つて)跡部さまは陰険だ。今日のお使ひ                        らしき    は瀬踏みでござります。飽くまで大塩一門を羅織なさるおこゝろに    相違ありません。 平八郎 平山! お前も然う思ふか。 平 山 (憤然、進み出でて)いゝえ、わたくし存じません。わたくしも    同じく大塩一門です。 平八郎 最後まで、おれに随ふな。 平 山 無論の話です。    隣室の人々、一人来り二人来り、閾際に立ちて聞く。 平八郎 忠兵衛、跡部はおれをどうすると云ふのだ。風説でもいい、それ    を聞かう。忠兵衛! 忠兵衛 お騒ぎなさいますなよ。あなたを獄に下すか、或は……それ以上    に出るかも知れません。 平八郎 何んの罪、何んの罪名があるのだ。       こんたん 忠兵衛 その魂胆は分りません。然し大坂の政治に、あなたと云ふ者が邪    魔になることは実情でございます。体裁はいかにつくつても、あな    たを取り除かずにゐられません。 平八郎 (隣室に向つて)誰か、矩之允を呼んで来い。直ぐ宇津木を呼ん    で来てくれ。(忠兵衛に)忠兵衛、それは確かなる聞き込みなのか。    何を罪としておれを縛る。 忠兵衛 会所の風聞ですから、罪名などは分りません。たゞそんな噂が世                           しか    上にありますから、その時にお迷ひなさらぬやう、確と御思案なさ    るがいゝと思ひます。 平八郎 瀬田、何んの罪に陥ちる。 瀬 田 (嘆息)さやうでございますなア――。 平八郎 兎にかく、宇津木に頼んで家族だけは遁がして置かう。しかし、    何んの罪でおれを獄に下す。風聞だ、雑説に相違ない。家事不取締    り? ……あるひは讐謗? ……徒党? ……新儀? ……一つと    して罪にあたるものがない。世間はたゞ跡部がおれを 忌んで居る    ことを知つて、臆測するのだ。    平八郎、呻吟するやうに呟きて頭を上げる時、宇津木の門下生岡田    良之進、そこに来りて一礼する。 平八郎 (良之進を見て)何か用か。 岡 田 先生は只今、すこし御不快で横になつてゐられます。御用を伺つ    て来いと申し付けられました。 平八郎 病気なら……もう好い。 岡 田 それに……。(ロ曇りつゝ)この際は却つてお目にかゝらない方    が好からう。わたくしも考へます、どうか先生にも……御熟考を願    ひますと、さう申し上げて来いと云はれました。 平八郎 (不快さうに)分つた。帰つていゝ。    岡田、去る。    平八郎、また傾きて思案に耽る時、養子格之助、庄司儀左衛門、慌    しく帰り来る。 格之助 父上、矢張り事情は切迫して居ります。役所には西方与力の内山    彦次郎が詰めてゐて、何かお上と密談中でござりました。 平八郎 庄司、何んの罪だ。何んでおれを縛るのだ。 庄 司 取沙汰がまち/\で、委しくは分りませんが、強訴の罪を名とし    て先生を罰するのではございますまいか。 平八郎 強訴? 強訴は重罪だぞ。死罪だおれを死罪にあてるのか! 格之助 河合郷左衛門なぞは評判に驚き、昨夜三男を連れて出奔い たし    たと申します。東組の与力同心一同にお咎めがあるに相違ございま    せん。    一同、驚きて顔を見合はす。 平八郎 強訴は死罪だ、重罪だ。強訴は……死罪だ。跡部はおれを死罪に    あてるのか!    平八郎、興奮して呟きつゝ、何か用事ありげに書斎の方に歩み、ま    た立ち停りて何か考へ、口のうちに呟く。 平八郎 (決心して)好し、跡部に会はう。跡部に会つて仔細を聞かう。    強訴とは、強訴とは……好し、跡部に会つて来る。    平八郎、奮然出て行かんとして、また立ち停りて考ふる。忠兵衛の    黙然たるを見て、急に立ち戻り、忠兵衛の手をひきて正面床の間に    坐らせ、自分も屹ツと対坐する。                       ――(幕)――










窘(くるし)める


反噬
(はんぜい)
恩ある人に背
きはむかうこと










































































羅織
並べたてて
つづる
 


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