三田村鳶魚 『お江戸の話』雄山閣出版 1924 所収
◇禁転載◇
あゝらたべたいな\/、 たべたいことで云はふなら、 米が四升に割五合、 四合五勺の丸麦も、 ゑませば手間と薪が損、 小豆粥やら豆飯やら、 末はどうなる自粥と 胸につかへる芋粥も、 腹がぶく\゛/小言いふ、 今は日本で間に合はず、 からを頼みて飯の菜、 諸色一同何もかも、 高いも安いも押なべて、 三人寄れば文珠の智恵、 三徳ならぬ米の粥、 扨又今の流行は 人の心の白豆の 黒くかためた四文売、 泣く子も笑ふ蕨餅、 皆身の上はからのすし、 此節ひしと金輪焼、 藪はなけれど皆捨子、 十万億土へ行倒れ、 こそ\/泥坊巾着切 天竺浪人天麩羅を 一寸と撮(つま)んで逐電す、 捕へて天窓(あたま)てんてんも 神の見放す天の罰(ばち)、 置去り身投げ首括り、 押借り損料日なし貸、 別けて多いは物貰、 今の浮世は逆さまで、 江戸で田舎の雑煮売、 親は放蕩、子は真面目、 自身番から火事を出し、 釈迦の開帳降続き、 甲州徒党おしあるき、 吟味する者吟味され お大名方あきないし、 宮様方が金を貸、 町家の者が能舞台、 二本指したるお歴々、 女太夫の供をする、 御足軽が立身し 御家老職が首切られ、 裏店小店の嬶ア達、 着替への半天前垂は、 結城縮緬紬は有ながら、 出るにも入るにも一重帯、 それを真似するおさん殿(どん)、 一両一分の取替へで、 あかぎれだらけの其足へ、 天鵝絨(びろうど)鼻緒の下駄をはき、 磨き立たる惣銅壷、 内は何時でも火の車、 物見遊山の借衣装、 もどつて困る損料銭、 それで江戸中、麦を喰ひ、 天の戒め此饑饉、 度々下さる御施行、 間に合ひかねたる御張出し、 江戸でまごつくごう人を 町年寄がかいつかみ、 御救小屋へさらり\/、 親子はいりませふ。 佐久間町。
この狂文は天保七年十月已後の作であらう、之に依 つて江戸の情況が窺はれる、
「大塩の乱関係論文集」目次