Я[大塩の乱 資料館]Я
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2002.4.12

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大塩の乱関係論文集目次


「『浪華異聞』を読んで」

その1

向江 強

大塩研究 第20・21合併号』1986.3 より転載


◇禁転載◇

 『浪華異聞』(大阪府立図書館蔵)は、幕府評定所による大塩事件についての吟味報告書である。「天」「地」に分かれている和綴本で「天」の巻は百弐拾枚、「地」の巻は六拾弐枚を数え、四百字詰の原稿用紙にして凡そ 三百枚位はあろうかと思われる記録である。

 初めに大坂町奉行所の吟味伺いが記載され、次いで評定所の吟味役による本文が続く。頭初にある同心平山助次郎の例をみると「………右企ニ一味連判いたし候始末重々不届至極ニ付引廻之上於大坂礫可申付哉之段可相伺処、対 公儀恐入候儀与改心いたし賊徒発記已前右謀計之次第及密訴候ニ付、身分ハ是迄之通御抱被置御仕置御宥恕可申渡候哉」とあり、この文段は本文より三字程下げて書かれている。本文は「右之者吟昧仕候処………」の様に始まり本人の身分略歴、本人の供述による事件との関わりがくわしく記されている。又本人の供述と関連ある人物や事柄についての調査や吟味内容が、細字でしかも朱書で書き綴られている。朱書きの部分は本文より二字程下げて書かれていて、分量もかなりの長さになる。「地」の巻では大塩平八郎・格之助のものに続く文段は最後まで十四枚半にわたって朱書きされているほどである。したがってこの『浪華異聞』の特徴は朱書きの部分にあるといってよく、未だ活字となって公表されていないこともあってかなり興味ある部分を含んでいる。

 私たち寝屋川歴史科学研究会では、政野敦子さんの御厚意で『浪華異聞』のコピーを入手して以来およそ四年の間(この間中断もあった)読み合せ会を続けている。月に二回の会合で一度に三〜四枚程度の速度なのでまだ 「地」の巻の半分位までしか進んでいない。細字と朱書きのコピーであるので判読出来ない部分もあって十分な読解には至っていないが、以下は私の『浪華異聞』についで感想の一端である。

 『浪華異聞』が評定所の役人による記録である以上、内容の真偽については慎重な検討を要する。権力者側の史料はすべてこれ疑わしいといって一概にこれを退けたのでは何事も理解できないに等しく、すべてこれ真なりとするのは、階級的観点の欠除を非難されるばかりか史家としての資格をも問われることになる。

 とくにこの『浪華異聞』が大坂町奉行所の取調べを基礎にした、尋間調書という性格をもっている以上複雑な問題点をふくむといわなければならない。まづ本人の供述が何等の抑圧もない自由な状況下での供述では決してないことを考慮しなければならない。まして、大塩事件は公儀に反逆した賊徒として取調べを受けているのであるから猶更である。正式の拷間(御定書百力条による笞打ち・石抱き・海老責・釣責の四種)が行われたかどうかは確認できないが、正式でない拷間(牢屋敷以外の場所で自自を強要するための責め方)は当然考えられる(入牢そのものが恐怖の的であった)ので吟味を受けた者が恐怖と苦痛のあまり権力者の意の通りに自白させられたということは大いに有り得ることである。さらにいま一つの点は、吟味を受けたものが、自己の刑罰をまぬがれる目的をもって、心にもない嘘をつくということも考えられることである。又、何もかも包み隠さず、真実を供述して吟昧の際の肉体的・精神的負担をまぬがれるという態度のものも当然出たであろう。勿論この場合、一味に積極的に加担していたり、いわゆる「放火及乱妨」んだものは、当然の刑罰を覚悟しなければならない。したがって『浪華異聞』の内容を検討する場合、こうした諸点に留意しつつ、真偽をたしかめていかなければならない。このような観点からいくつかの事例をみてみたい。


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「『浪華異聞』を読んで」目次/その2

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