平八郎は其年十九にして早く既に大坂町奉行与力と為る、然るに性来大
に読書を好み、之れに前後して学ぶ所あり、然れども当時平八郎の学ふ
所、果して何人に就いて野を講ぜる乎、其事歴暗雲の間に蔽はれて、殆
んど之を知る者なし、唯だ独修精力以て之を学べるものに似たり、平八
郎、大坂町奉行与力吟味役として世に立つや、茲に年あり、吏務の治績
多年の滞獄和歌山、岸和田両領地の紛争の如き一刀両断、之を決し、或
は京師妖巫の逮捕等一々挙示するに遑まあらず、之を要するに平八郎の
断獄裁決するや、素と公正直裁にして、毫も其間に姦曲の心を挟むもの
なし、故に其裁決、常に流るゝが如く、毫も阻碍する所なし、彼の和歌
山、岸和田の紛争の如き、素と其正は岸和田にあり、其曲は和歌山にあ
り、而しはて和歌山の権家にして、岸和田は然らず、是れ俗吏の容易に
決する能はずして、長く其獄の滞れる所以なり、然るに平八郎は、其正
は之を正とし、其邪は之を邪とす、何の躊躇もなし、是れ其速かに決し
たる所以にして平八郎は其胆勇のある所を見るべし、
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