Я[大塩の乱 資料館]Я
2012.7.17

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「大塩の乱関係論文集」目次


〔戯曲〕落葉記−大塩平八郎−

その11

奥山健三( 〜 1938)

『奥山健三遺文集』奥山健三君記念会編・刊 1939 所収

◇禁転載◇

第一幕
  第二場 町竝の家(3)
管理人註
   

  其の時、遠くよりばたばたと奉行所の役人達の駈けて来る気配。わ                        しも   い/\騒がしくなつて来る。十名許りの役人達下手より現はれる。   時にもう四面は真闇くなつて居て曇つた空には月影もない。遠くの   火の手は時々空へ舞ひ上つて物凄い光景。 役人達 此の辺りへ来た筈だ。 役人甲 さうだ、さうだ、この辺りへ隠れたに違ひない。 役人乙 都合の悪い事には、今夜は合憎と空に月がないわ。此の辺りを  探索しようでは御座らぬか。 役人丙 もつとずつと前方に逃れたかも知れぬて、此の辺りでぐず/\  して居てもし逃がしたら馬鹿らしいこと。ずつと追跡しようで御座ら  ぬか。 役人甲 では各々方、かうしよう。我々五、六名は此の辺にて探索する  として、他の十名許りの方々は直ぐ後を追つては下さらぬか。 役人達 よし来た。(異口同音。)   役人達の十名許りの者は直ちに土橋を渡つて上手の方へ走つて行く。   ばたばたばた。後に残つた役人連、此の辺りを探索する。土橋の辺   りを見る者もあれば、家の裏手へ廻つて見る者も居る。 役人乙 おーい、婆さん。此の辺へ一人の侍が逃げて来なかつたかね。  只、先刻の話なんだが。 老婆 そんな人は逃げて来なかつたが、かうと。(考へる様子。)さう  ぢや、さうぢや。もう少し前がた、沢山の男や女が逃げて来られたが  其の中に雑つて居たかも知れませぬぢや。            さつき 役人丁 嘘をつけ。今最先刻の話なんだからそんなに早く逃げる筈はな  い。もうその他に知らなかつたかどうぢや。 お弓 は、はい。お役人様、只今妾が見て居た所では、一人のお侍さま  が恐ろしい抜身を提げて走つて参りまして、あの小川の水で何か傷口  を洗つて居られる様子でしたが、直ぐ様、また向ふの方へ逃げて行か  れました。(右手人差指で上手の方を指す。) 役人戌 うんさうか、まさか嘘ではあるまいな。 老婆 何で大それた、お役人様に嘘が言へませう。妾もさう言へばその  やうにも感ぜられますで御座います。もうとつくに此の辺には居られ  ぬものと思はれます。 役人甲 うん左様か、それにしても、此の辺が一番身を隠すには都合が  よいと心得るがどうぢやな。(しきりに家の奥を窺き込む。) お弓 いえ、確かに先刻、あの土橋の辺から大急ぎで逃げて行かれるの  を見たのですから、それに委細相違は御座いませぬ。 役人乙 うん左様か、それにしても此の辺に隠れて居ないものでもない。                      ひや  一応見届けて置く必要がある。(親子両人、冷りつとする。内心頗る  不安、胸の動悸、激しく打つ。) 役人甲乙 (周囲に眼を配つて奥の箪笥に目を付ける。)おい其処にあ  る物は何ぢや。其の中にでも入れて隠し立てをして居るのではあるま  いな。 老婆 いえ、滅相もない。これは妾達の衣類を入れ置きまする箪笥、御  望みならば御探索、御調べ下さりませ。                   しか 役人甲 いやそれならば用はない。では確と、此処には居ないのだな。  (ぐつと親子の者を睨む。) 老婆 (極めて冷静に)左様で御座います。妾も娘もあれ程確かなお侍  の様子を見て居りますれば、もう此の辺には、確かと居らぬと存ぜら  れます。 役人乙 うんそれなればよい。おい皆の方、此の家隣りを探索しようで  は御座らぬか。 役人甲丁 うん左様左様。(役人四人共老婆の家を出て行く。)   役人四人、喜助の家の中へ踏入つてあちらこちら探す。 役人甲 矢張りここにも隠れては居らぬと見えまする。さうか隠れて居  りさうに見えたが、では此処には居らぬと見えるわい。   役人乙 各々方、矢張り此処には居らぬと見えます。では先へ行つた連  中に追付きませう。 役人達 さあ、では此処には居らぬか、行くとしようか。

   


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